第6話  闇去りし後


リューディガーとマチル=ソエハの2人が宿を後にした時、既に日が傾き始めていた。 宿を確保し、さらにラシェル達を落ち着かせるのにかなり時間がかかってしまったのだ。


不可解なことに、辺りに全く人がいない。いや、正確には人の気配はするのに 姿が見えないのだ。家路につくにしてはまだ時間は早い。


「今さら隠れてもしょうがないよねぇ?」

マチル=ソエハがリューディガーに同意を求める。

「…しかたがないだろう。あの『闇の者』が現れたのだから」

「でも、1回現れた所ってしばらくは安全じゃなかったっけ?」

「…そんなの知るわけがないだろう」

リューディガーは、ぶっきらぼうながらも律儀に質問に答えている。



ラシェルとアーリクが『闇の者』を見たという場所、このフェニーの町で馬車を停めた方向 に向かう。相変わらず人の姿は見えないが、目的地が近づくにつれ喧騒が聞こえてくる。




その場所についた時、2人とも一瞬その場に立ち尽くした。
ひたすら同じ名前を力の限り叫ぶ者、崩れ落ちて泣き叫ぶ者、そして大声で 怒鳴り合い、または罵り合う者同士。広場はかなりの人々でごった返している。
そして、その場は異様な空気に包まれていた。



「これはこれは…凄いことになってるねぇ」

相変わらずマチル=ソエハが呑気に言うので、リューディガーは窘めながらも 必死にコリンズを探した。


ほどなくしてコリンズは見つかった。ラシェル達がこの町まで乗ってきた馬車に もたれ掛かっていたのだ。

コリンズはベルトラムの名前を叫ぶでもなく、泣き喚くわけでもなく。 ただ馬車にもたれ掛かって日が傾いてゆく空を見上げていた。


「コリンズ殿!」

リューディガーは名前を叫ぶと(叫ばないと喧騒に掻き消されて聞こえないのだ) 駆け寄った。マチル=ソエハは呑気に歩いて行く。



「よぉ。お2人さん」


いつもと至って変わらない口調で2人を迎えたコリンズに、リューディガー の方が困惑した。

「ラシェルと爺さんは?」

「宿で、休んで頂いております。…申しわけありません」

「なんでお前が謝るんだよ」

コリンズは小さく苦笑した。


「その…ベルトラム殿は、やはり…」


一瞬、視線を下に向けたコリンズが、ああ、と小さく呟いた。

「どこにもいねぇな。あの野郎は」


何と声を掛けたらいいものか、リューディガーが言葉を探しあぐねていると コリンズが話しだす。


「相棒がさらわれちまったってのに、淡々としたもんだろ?」

「いえ、そんなことは…」

「お前さんの顔にそう書いてあんだよ。………でもなぁ」

コリンズは大きく空を仰いだ。

「十数年コンビ組んでんだぜ?『闇の者』にさらわれてあいつはいなくなりました、 で納得できるかよ…!」

コリンズが初めて感情らしい感情を覗かせた。



「そういや、お前さんの主人も…だったな」

「ええ。『その時』は召喚されていなかったので、最期の挨拶すら叶いませんでした」

「ま、そりゃ誰も予測できねぇもんな…聖女様とやら以外はよ」

コリンズが皮肉たっぷりに『聖女』の名を口にした。


「結局、今回は何人ぐらいさらわれたんだろうねぇ?」

ようやく追いついたマチル=ソエハは辺りをきょろきょろと見渡している。



「ねぇ!!ちょっと!!」

「うぉっと」

急にそばにいた女に腕を掴まれたマチル=ソエハはふらついて倒れそうになる。

「危ないなぁ、もう…なに?」

「家の子!家の子がいないのよ!見なかった?ミアって言って、それは それは可愛い子なのよ!でもいないのよ、どうして?!ねぇ?!」

「そんなこと僕に言われてもなぁ…『闇の者』にさらわれたんでしょ?」

その単語を口にした途端、女は狂ったように泣き喚き始めた。

「マチル=ソエハ!」

「なに?」

「…今はむやみやたらにその言葉を口にするな」

「はいはい、っと」


やがて女は夫とおぼしき人に抱えられ、去って行った。



リューディガーはその女を見ながら、前の主のことを思い出していた。

『その瞬間』は召喚されていなかったが瞬時にして主の異変を悟った。
精霊が一度契約を結んだ主と別れる…それは死別か、死を覚悟した精霊使い が契約を破棄するかのどちらか。

しかし、リューディガーの主…ラシェルの父ライナスの場合はそのどちらでも なかった。最期の挨拶すら叶わぬ、最も辛い別れ。
例えあの時、自分が召喚されていたとしても『闇の者』相手ではどうすることも 出来なかっただろう。でも。

リューディガーは改めて広場の喧騒を眺めた。ここで今泣き叫ぶ人々。 その皆が自分と同じ最も辛い、予期せぬ別れを余儀なくされている。
リューディガーはやり切れない思いで、しばらく立ち尽くしていた。



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