第5話  遭遇


興味津々で着いて来たものの、案の定すぐに飽きてしまったマチル=ソエハ を横目に、コリンズとリューディガーは馬の世話をしていた。

「散歩に出かけてくるねぇ〜」
と言い残し、マチル=ソエハはふらふらと何処かに行ってしまう。






「あれ?ラシェルも来たのか?爺さんまで…何か様子が変じゃねぇか?」

ベルトラムと一緒に休んでいたはずのラシェルやアーリクが慌てて走ってきたので、 コリンズとリューディガーは何事かと目を向けた。 さすがにアーリクは走るのが辛かったのか、途中で座りこんでしまった。
ラシェルはアーリクを気遣いながらも、必死にこちらに来ようとしている。


「マスター=ラシェル?いかが致しました?…お顔が真っ青ですよ」

リューディガーは主人とアーリクの元に駆け寄ると怜悧な眉を寄せた。


「大丈夫かぁ?あんまり暑いんで気分悪くなったか?」

交互に声をかけられても、2人はなかなか話そうとしない。いや、 話せないのだ。がくがくと小刻みに震え、蒼白な顔の主人をリューディガーが 支えるように抱きかかえた。

見ればアーリクも蒼白な面持ちで震えていた。


「マスター=ラシェル、アーリク様も。そんなに震えてどうしたのです?ベルトラム殿 とご一緒だったのでは?」

ラシェルが『ベルトラム』という言葉にびくっと反応したのを、コリンズは見逃さなかった。


「ラシェル?どうした、あいつが何かやらかしたのか?あいつも割と 喧嘩っ早いとこがあるからなぁ…」

コリンズはポリポリと頭をかきながらのんきに言ったが、ラシェルは ふるふると頭を振って否定した。

喉が引きつっているのか、言葉にならない声を発しながらも必死にしゃべろうと している。

「………が、………の……」

ようやくラシェルの声がかすかに聞き取れて、リューディガーがラシェルの 口元に耳を寄せた。

「……あ、……が?マスター=ラシェル、ゆっくり、落ち着いて」

リューディガーはラシェルの発する一言一言をゆっくりと復唱した。


「おい、ラシェル。とりあえず水を飲め」

コリンズが水飲み場から一杯の水を持って来てラシェルに手渡した。

ラシェルは一気に飲み干すと、一言一言とぎるように言った。

「たぶん、あれが、やみのもの…」

そう言ってまたがくがくと震え出した。




「……やみのもの……」

リューディガーもゆっくりと復唱して、はっとなった。

「闇の者、ですか?マスター=ラシェル、闇の者が出たのですか?!」

ラシェルはこくりと頷いた。


「まさか、ベルトラム………?」

コリンズの問いに、ラシェルは金色がかった緑の瞳をじっと向けるだけだった。


「おいおい、冗談きついぜ?!」

コリンズはそう言うや否や、ラシェルが来た方向に駆け出して行った。



リューディガーもしばらく唖然として主人を抱きしめていたが、ようやく ラシェルが来た方向から人々の叫び声が飛び交っているのに気付いた。


「リュ、ディガ……太陽が…」

水を飲んで少し話しやすくなったのか、ラシェルがゆっくりと語りだした。

「…太陽が、見えなくなったの。一瞬で、暗くなったの…でもすぐに明るくなって、『今の何だったんでしょうね?』 って聞いたのに…」

ラシェルがそこでいったん口をつぐむ。

「私、聞いたのに…ベルトラムさん、答えてくれないの…どこにもいないのよ…」

話し終わる頃にはラシェルの両目から涙の筋が流れていた。







「マスター!何かありましたの?」

「ラシェル、あれは何の騒ぎだい?」

ツェツィーリエとマチル=ソエハが同時に駆け寄って来た。


召喚精霊が3人揃ったのを見てほっとしたのか、ラシェルの震えが 少しだけ収まった。


「マチル=ソエハ、アーリク様をお願い」

ラシェルの真剣な表情から何かを感じ取ったのか、マチル=ソエハは 頷くとすぐに座り込んでいるアーリクを抱えた。

アーリクもラシェルに負けず劣らず蒼白な面持ちである。。
アーリクの場合は体調のこともあるので、強いショックは決して良いものではない。





フェニーの町では休憩を取るだけの予定だったが、とてもそんなことを言って いられる状況ではなくなった。
リューディガーは早々に今夜の宿を確保すると、そこでラシェルとアーリクを 休ませることにした。

「いいか、ツェツィーリエ。私はこれから…ベルトラム殿の所に行ってくる。 マスター=ラシェルとアーリク様を頼んだぞ。何かあったらすぐに連絡しろ」

「ええ。わかりましたわ」

2人ともいつもの喧嘩モードは息を潜め、主人を守る精霊の顔になる。



「僕は、仲間外れかい?」

壁にもたれかかっていたマチル=ソエハがぽつりと呟いた。

「マスター=ラシェルが休んでおられる今は、誰もお前に命令する者はいない。 私とツェツィーリエは自発的に行動しているのみ。…お前の好きにすれば良いだろう」

「おやおや。酷い言われようだねぇ。僕ってやっぱり信用ないよね」

マチル=ソエハは肩をすくめておどけてみせた。


「……そう思われたくなければ、行動で示してみせたらどうだ」

「まさにその通り。じゃあ、僕も君について行くことにしよう」

リューディガーは沈黙を守っている。


「ほら、僕って信用ないみたいだから。君の目の届く所にいた方がいいんじゃない?」

そう言ってマチル=ソエハはにっこりと邪気のない笑みを見せた。


「…勝手にしろ」

「はいはい、勝手にさせて頂きますよ」



リューディガーはツェツィーリエに頼んだぞ、と短く告げると、 マチル=ソエハを伴って宿の外へ出て行った。



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