第7話  夕刻と静寂と


宿の一室、西に面した大きな窓からは夕陽が差し込んでくる。
不気味なくらいの赤い夕陽は、部屋の全てを赤く染め上げていた。


ラシェルも、アーリクも、そしてツェツィーリエも。皆が無言だった。
ツェツィーリエはラシェルの肩に行儀良く座り、時々自分の主とアーリクを 気遣わしげな表情で交互に眺めた。



その時、出かけていたリューディガー、マチル=ソエハ、そしてコリンズが 宿に戻って来た。



「コリンズさん…」

「そんな顔するなって。まるでラシェルが悪者みてぇじゃねぇか」

コリンズはそう言ってニカッと笑って見せたが、どことなく強がっている様で ラシェルは余計に胸が痛んだ。


「さて、と。湿っぽいのも何だし。もう夕飯の時刻だ。腹減ってると 考えも嫌な方に行っちまうからな!」

「わしはあまり食欲がない…。ここで休んでいるから行っておいで」

確かにここ数日、アーリクの食欲はなかった。元々老体である上に、精霊との契約破棄。
見た目にはあまり変化が見られなくても、彼の体は確実に『死』に蝕まれているのだ。


「おい爺さん。最近何も食べてねぇだろ?そんなんじゃ駄目だって。今日は 食欲なくても無理矢理食べろ。おい、サジェヘッダの兄ちゃん、お前爺さん抱えて 食堂まで連れてけ」

「なんで僕がマスターでもない人間に命令されるんだよ…やれやれ、失礼しますよ。 よいしょっと」

一見乱暴なベルトラムとぶつぶつと文句を言いながらもアーリクを抱えて1階の食堂に向かうマチル=ソエハ。

「あーっ、こら!アーリク様を乱暴に扱っちゃ駄目なんですから〜!」

その後にきゃあきゃあと騒ぎながらツェツィーリエがついて行く。


「やれやれ。あれが彼らなりの心配の仕方なのでしょうが。我々も行きましょうか。……マスター=ラシェル?」




「私、自分が馬鹿みたい…」

ラシェルがぽつりとつぶやいた。

「アーリク様をお助けするんだって、マチル=ソエハとも契約を交わしておいて。 本当に、何も考えてなかった。お爺様が必死に止めるのも心配し過ぎ、なんて 思って。いざ闇の者に遭遇したら、みっともないくらいに動揺しちゃって。 自分が恥ずかしい…」

「マスター=ラシェル。闇の者に遭遇して取り乱さない者などおりません。それは 至極当然な反応なのですよ」

「でも、考えが甘かったことは確かだわ。お爺様にえらそうなこと言っておいて、 結局私はまだまだ何もできないって思い知らされた。馬鹿ね、旅をすればそれだけ 闇の者に遭遇する危険性だって増すのに。お父様もお母様もあれのせいでいなくなった のに…」

「マスター=ラシェル。闇の者に関しては、本当にしかたがないことです。 新たなる聖女が現れない限りは。マスター=ラシェルがお気に病むことなど 全くありませんよ」

「リューディガー…いっつもそうやって私を甘やかすのね。……でも、ありがとう」

ラシェルはずっと俯いていた顔を上げて一瞬だけ曖昧に微笑んだ。


「とりあえず、今はできることをやろうと思う。何も役に立てなかったけど
アーリク様をラリューシカに送り届けることだけは絶対にやり遂げなきゃいけないの。 私があそこでさらわれなかったのは、きっとお父様とお母様が護ってくれたんだと思う」


「そう…ですね。さぁ、マスター=ラシェル。食堂に行きましょう。あまり待たせると 皆が心配しますよ」

「うん…そうだね。行こっか。ごめんね、頼りないマスターで」

「いいえ。さぁ、行きましょう」

リューディガーは静かに微笑むと、廊下に通じるドアを開けた。









夕食の後、話があるとコリンズが再びラシェル達の部屋にやって来た。

若干言いにくそうにしていたが、ラシェルは何となく何を言おうとしているかがわかった。


「俺とベルトラムは、今回カタラムのサザム島に行く予定だったんだけどよ…宝石の買い付けで。 まぁ、その…何だ。あんなことになっちまって。俺自身まだ心の整理がついてないっていうか。
あんた達の事情を知って、用心棒を頼んどいて無責任なんだけどさ。一旦国に帰ろうと思うんだ。 …あいつの家族に事情、説明しなきゃなんねぇし。それに相棒がいなきゃ仕事にならねぇし。 ほんと、悪いとは思うんだけど…」

その場の誰もが予想していたことだった。長年コンビを組んできた相棒が闇の者によって 亡き者にされる、そのショックは計り知れないだろう。


「コリンズさん、誰もあなたを無責任だなんて思いません。……ベルトラムさんのご家族に 告げるのは辛いでしょうけど…でもあなたにしかできないことだから。 私たちはまた別の方法でラリューシカに行くことを考えます。だから…短い間でしたけど お世話になりました」

そういうとラシェルは深々と頭を下げた。

「ああ…悪いな。あんたたちが無事にラリューシカに辿り着けるように祈ってるよ。 俺が言うもの何だけどさ」

コリンズは複雑な表情でぼそりと呟いた。

「ラリューシカに向かう奴が全くいないってわけじゃないと思うんだ。特に商人なんかは 生活かかってるしさ。逆にここに闇の者が出ちまったから、フェニーに留まってるよりは、って 考える奴もいるだろうし。せめてもの罪滅ぼし、ってわけじゃないけどさ、明日ここら辺で ラリューシカ方面に行く奴がいないかあたってみるよ」

コリンズはそれだけ告げると、自分の部屋に戻って行った。





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