第7話  ギュンター祭 1


コン、コン。
ラシェルはドアをノックする音で目覚めた。

「ラシェルさん、お目覚めですか」

「あ、はい。今開けます」

ラシェルは寝起きで乱れた髪を軽く整えると、ドアを開けた。

「おはようございます、ラシェルさん。エルゼ様から仰せつかって、お洋服をお持ちしました」

侍女は手にリボンのついた包みを抱えている。ラシェルは礼を言って包みを受け取った。

「ラシェルさん、お食事はお部屋にお運びしますね。お祭りが始まるまでには時間がありますから、ゆっくりできますよ」

「何から何まで…本当にありがとうございます」

「いいんですよ。では、お食事を持って参りますね」

そう言ってにっこり微笑むと、侍女は去って行った。



「はぁ、至れり尽せりね。あ、そうだ。エルゼ様から頂いた服に着替えなきゃ」

ラシェルは慎重に包みのリボンをほどいた。

「うわぁ、可愛い……!」

淡い水色のビロード地で、裾が下につかない程度の動きやすそうなドレスである。二枚重ねのレースのスカート、襟や裾にもレースで飾りつけがしてある。アクセントに青と銀の絹糸で刺繍が施してある。包みにはラシェルの蒼い髪に映えそうな、黄色のリボンも同封されていた。

「これじゃ正装とかわらないくらい贅沢な布地だわ」

ラシェルは早速このドレスに着替え、リボンで髪を束ねた。

「うん、サイズもぴったりね。…エルゼ様に直接お会いしてお礼を言いたいなぁ…でも、本来なら気軽にお会い出来る方でもないのよねぇ。今日はお忙しいだろうし…」


「ラシェルさん、お食事お持ちしました」

先ほどの侍女が朝食を運んできた。

「あら、ラシェルさん。そのドレス凄くお似合いですよ。流石はエルゼ様のお見立てですわ。急いで作らせたからサイズが合うかどうか心配っておっしゃってましたけど、大丈夫みたいですね。あ、お食事はこちらに置いておきますね」

「ありがとうございます」


「あっ、そうだ。1つお聞きしたいことがあったんです」

ラシェルはふと思い出したように侍女に問い掛ける。

「何でしょう?」

「昨日エルゼ様にお会いした時に、今日はお祭り以外にも重大なイベントがあるっておっしゃってたんです。それって何かわかりますか?」

「重大な……ああ、それは多分婚約の儀のことをおっしゃっているのですわ」

「婚約の儀?どなたか婚約なさるんですか?」

「ええ、我がファスティマ王国第1王子、王太子でもあらせられるハイニ様と、グレイス公爵家のご令嬢カティーナ様です。今日お2人は正式にご婚約されて、そのお披露目があるのですよ」

未来の国王の婚約者が決まったとあれば、それは確かに国にとって重大なことであろう。

「ハイニ様とご結婚なさればゆくゆくは王妃様におなりでしょう。今から国民はお世継ぎ誕生を心待ちにしておりますのよ。素晴らしいハイニ様の御子ですもの、きっと素晴らしい御子に違いありませんわ」

侍女は自分のことのように嬉しそうに語っている。これも国民から慕われる王家の人徳ゆえであろう。それにしても、未だ現国王が健在であるのに、王太子の子の話とは少し早過ぎる気もするが。



朝食を食べ終え侍女に食器を下げてもらうと、ラシェルは街に出る支度を始めた。

王宮の庭が開放されているのは、庭に面したテラスから国王一家直々の挨拶があるからである。婚約のお披露目もそれにあわせて行われるのだろう。どちらにしてもそれは午後からなので、まずは街に出てギュンター祭を楽しむことにした。


「ああ、いけない。召喚するの忘れてた。このまま忘れてたら恨まれるところだったわ」

ラシェルは急いでツェツィーリエを呼び出した。

「マスター、もう、遅いですわよ〜。私は早くお祭りに参加したくてうずうずしてましたのに!…あら、エルゼ様から頂いた服ですか?なかなか似合ってますわね」

いつもの調子でツェツィーリエ登場である。

「ごめんごめん。あ、昨日エルゼ様がおっしゃってた重大なイベントが何かわかったわよ」

ラシェルは婚約の儀のことを持ち出して話をそらした。

「ハイニ様がご婚約されるんですって。公爵家のお姫様と」

「へー、未来の王妃様ですわね。なるほど」

以外に素っ気ない返事である。

「なんだ、昨日は凄く知りたがってたのに。以外に素っ気ないんだ」

「まぁ、そうですわね。私達、精霊使いと契約を結んでいる召喚精霊って基本的にマスター以外の人にあまり興味がないんですの。まぁ、精霊族でも個人差があるでしょうけど」

「でもツェツィーリエが私のお母様に仕えてた頃は一緒に遊んでくれてたじゃない?」

「それはマスターに繋がりのある人だからですわ」

「ふーん、そんなものなの?」

「そんなものなんですの。それより早く行きましょうよ〜」

「はいはい、わかりました」




王宮を出て市街地に出ると、いつもの王都アルタミアとは様子がまるで違っていた。まず、いつもは買い物客で賑わっているメインストリートの市場がすべてお祭りの出店に様変わりしている。

美味しそうな匂いを漂わせるお菓子を売る店、子供用の他愛のない玩具を売る店、ちょっとしたアクセサリーを売る店。占いの店を出展している者もいる。 道端のあちこちには曲芸師が様々な曲技で人々を楽しませ、拍手をあびている。

人々はこの日だけは挨拶がわりに『おめでとうございます』を言うのが慣わしとなっている。このギュンター祭が本来は初代国王の生誕を祝う目的に由来しているのであろう。

ラシェルも何人もの人に『おめでとうございます』と声をかけられた。もちろん皆面識のない人達である。みな一様に満面の笑みを浮かべていた。


「あっ、マスター!あのお菓子美味しそうです。食べてみたいです〜」

「美味しそうね。ちょっと待ってて、買ってくるから」

ラシェルは香ばしい焼き菓子を売る店に行くと、すぐにお菓子を持って戻って来た。

「ツェツィーリエ…このお菓子持てる?結構大きいけど」

「何とか大丈夫そうですわ……ちょっと重いけど」


ラシェル達はメインストリートの一角にある、ちょっとした広場の噴水のふちに腰を下ろした。すぐ側でも曲芸師が技を披露している。それをぐるっと囲み楽しそうに見ている人々。時々わあっと歓声が上がり、拍手が起こる。

こちらに気付いたのか、ツェツィーリエを物珍しそうに見ている人もいる。玩具を買ってもらい、嬉しそうに遊ぶ子供、それを微笑ましそうに見守っている親。一軒一軒、出店を冷やかし気味に覗いて行く人。占いの結果が良かったのか、満面の笑みで占い師の店から出てきた女の子。


ラシェルとツェツィーリエは、しばらくの間無言でお菓子を食べていた。

「ねぇ、ツェツィーリエ。今、何考えてるの?」

「…マスターこそ」

またしばらくの沈黙。


「平和、だよね。聖女様が見つからないなんて関係ないくらい…皆闇の者の存在なんて忘れちゃってるみたいだよね」

「…マスター、それは違うと思いますわ」

「違うって?」

「きっと皆心の中には常に恐怖を抱えているはず。でも、そういう時だからこそお祭りを目一杯楽しもうと努力しているのですわ」

「楽しむのを努力する…」

「聖女様のことや闇の者のこと…普通の人々にとっては考えてもどうしようもないことなのですわ。私達は聖女様に頼るしか術がないんですもの」

「…………」

「極端な話、今この瞬間にもさらわれている人がいるかもしれないのですわ。王族や貴族クラスの人なら情報も入ってくるでしょうけど…酷な言い方ですが、一般の名も知れない人がさらわれたくらいではいちいち情報は入ってきませんから…その人に縁のある者達が悲しむだけなのですわ」

「結局、今までにどれくらいの人がさらわれたのかなんて正確にはわからないのよね。その中には私のお父様とお母様も…」

「ね、マスター。考えてもきりがありませんでしょ?」

「確かにそうよね。思いつめて絶望的な気分になるより出来る限り楽しんで生活した方がいいものね」

「そういうこと、ですわ」

「それにしてもツェツィーリエの言ってること、やけに説得力あるよね」

「当然ですわ。伊達に長生きしてませんもの」

「…ところで今いくつ?」

「…長生き過ぎて忘れましたわ」

「あ、そうなの……お婆さん?」

「むかっ、ですわ」

腹を立てているツェツィーリエをよそに、ラシェルは立ち上がって思いっきり背伸びした。

「あーあ、折角のお祭りなのにつまらない事考えちゃって損したわ。今から遊んで挽回するわよー!あ、この際だからリューディガーも呼んじゃおっか?」

リューディガーとは、ラシェルのもう1人の召喚精霊である。

「えー、魔術使う用もないのに大精霊族呼び出しちゃうんですの?彼はマスター命だから文句は言わないでしょうけどぉ、あんな真面目が服着てるみたいな奴にお祭り楽しめますの?」

「うーん…それはちょっと…でも最近会ってないしな〜」

「私あの人苦手ですわ…」

「そうだったよね、じゃあ尚更呼び出さなきゃ」

「あっ、マスター!そういうこと言っちゃうんですの?!ひどい〜ひどい〜私はマスターに苛められる可哀想な精霊さん〜」

また始まった2人の言い合いに、広場にいる人々の好奇の視線が集まったのは言うまでもない。



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