第8話  ギュンター祭 2


「マスター=ラシェル。お久しゅうございます。お変わりありませんか?」


ラシェルのもう1人の召喚精霊、リューディガー。彼は大精霊族で、先代のマスターはラシェルの父である。

月を紡いだような美しい銀の髪は耳の辺りで切り揃え、瞳は灰色がかった青。怜悧な美しさを漂わせる青年のような風貌である。


「久しぶりね、リューディガー。前に来て貰ったのは…リルの森に入り込んだやっかいな賊を追い払った時だったかな?」

「はい、そう記憶しておりますが。今日は何の御用でしょう。いかなる時でもマスター=ラシェルに尽くす所存にございます」

「あいっかわらず堅苦しい喋り方なんですのね」

ツェツィーリエが未だに納得いかないといった様子で口を挟む。


「…なんだ、いたのか。小さいの」

「!!マスター、だからこの人を呼ぶのには反対だったのですわ!失礼極まりないったら!」

「お言葉だな。お前こそ相変わらずマスター=ラシェルをお困らせ申しあげているのではないか。召喚精霊としての立場をわきまえよ」

「もうっ、我慢できませんわ!マスター、私帰らせて頂きますっっ!」

ツェツィーリエはそう言うや否や、消えてしまった。


「あっ、ツェツィーリエ……行っちゃった」

「まったく、あの者は…召喚精霊としての自覚はないのか」

「ま、まぁまぁ、そのくらいにして。ごめんね、リューディガー。今日は特に用があって呼び出したというわけじゃないの」

「と、申しますと?」

「今日はギュンター祭っていうお祭りなの。あ、ファスティマ王国のね。折角だから一緒に楽しもうと思ってツェツィーリエも呼び出してたんだけど…リューディガーは迷惑だった?」

「迷惑など…滅相もございません。私に気を使って頂き、ありがとうございます」

「そう?それなら良かった」



「あの頃と全く変わりありませんね…」

リューディガーは辺りを見回しながら呟いた。

「私は1度この行事にマスター=ラシェルの父上…先代マスターのお供として参加したことがあるのですよ」

「えっ、それは初耳。お父様がいくつのころだったの?」

「私と契約を結んでから間もない頃でしたから…20代前半だったと記憶しております」

「そうだったんだ…新たな発見だわ。お父様から1度もお祭りの話を聞いたことがなかったから、てっきり参加したことないんだと思ってた」

「確かあの時はマスター=ラシェルの母上もご一緒でしたよ…」


ふと気付くと周りにいる人の数が急激に減っている。残りの皆も王宮の方へ向かっているようだ。


「あっ、もうすぐご挨拶があるんだわ。今日はね、婚約のお披露目も兼ねてるんだって」

「婚約、ですか?」

「うん、王太子ハイニ様とグレイス公爵家のカティーナ様が今日正式にご婚約なさるんだって」

「ハイニ王子ですか。よく存じ上げております。先代マスターが王宮家庭教師の任を仰せつかっていた頃、魔術の講義でよく呼び出されましたから」

リューディガーは遠くを見るような懐かしい目をしながら言った。

「ああ、そっか。そうだよね。昨日エルゼ様にお会いしたのよ。エルゼ様は覚えてる?」

「もちろんです。先代マスターが御教授されたのはハイニ様にエルゼ様、そしてエミーリエ様。このお三方が主でございました」

「じゃあ、私達もそろそろ行こっか」

「はい、参りましょう」


ラシェルとリューディガーはメインストリートを抜け、ファスティマ王宮に向かった。王宮に向かう道ですら大勢の人でごった返している。今日のお祭りに参加している人全員が王宮に向かっているのではないかと思われる程だ。

「すっ…ごい人。これじゃ身動き取れないね」

「マスター=ラシェル。大丈夫ですか?私の後に付いて来て下さい」

リューディガーが人波を掻き分け、ラシェルも後を付いて行くかたちでようやく王宮に辿り着いた。
王宮に来る道ですら凄い人だったのだから、王宮の庭に至っては言わずもがなである。


「うーん、王宮のテラスが遠い…。これじゃご挨拶が始まっても何にも見えないねぇ」

ラシェルが半ば諦めたように溜め息をついた。

「マスター=ラシェル」

「えっ、何?」

「あちらの女性がこちらに向かって何か言っている様子ですが…お知り合いですか?」

リューディガーが指す方向を見ると、昨日からラシェルの世話を焼いてくれている侍女がこちらに向かって叫んでいた。

「あっ、侍女さんだ。私に用かな…?リューディガー、あの人の所に行きたいんだけど…」

「承知致しました。また私の後に付いて来て下さい」

リューディガーはまた人波を掻き分ける羽目に。



「ラシェルさん、今朝言うのを忘れてまして、申しわけなかったですわ。ラシェルさんはギュンター祭初めてですから、こんなに凄い人ごみになるとは思ってなかったでしょう。せめてものお詫びにお部屋を用意させて頂きましたので、こちらへどうぞ」


侍女に通されたのは、テラスと向かい合って建っている塔の1室であった。窓からはテラスがよく見えるばかりでなく、庭や、王宮全体までもがよく見渡せた。


「うわ〜っ、凄い眺め!庭もテラスもよく見える〜。リューディガー、早く早く!」

はしゃぐラシェルを見て微笑みながら、リューディガーも窓に近づいた。

「確かに、これなら王宮全体が見渡せますね」


「本当にこんなに良いお部屋使わせて頂いていいんですか?」

「ええ、いいんですよラシェルさん。もとはと言えば私がいけないんですから。……あ、もうすぐ始まりますわ。ほら、衛兵達が集まっているでしょう。それから楽士達も。彼らの演奏が始まったらいよいよ国王陛下のお出ましですわ」

そう言って侍女はテラスの方を指した。

王宮の庭は人で埋め尽くされている。先ほどまであの身動きの取れない空間の中にいたのだ。
右手から大勢の衛兵達が現れ、王宮の前に横一列に整列する。そして、テラスの真下のスペースに楽士達が各々の楽器を持って集まっている。
人々のざわめきが、徐々に小さくなっていき、やがて庭はしんと静まり返った。それを見届けるかのように楽士達は音楽を奏で始める。


テラスの扉が、ゆっくりと開かれた。



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