第6話  ギュンター祭前夜


ラシェルは今、ファスティマ王宮の広大な庭にいる。クリステルはあの後本当に国王に聞きに行ってしまったのだ。可愛い末姫のお願いに国王も快く承諾したらしく、結局王宮に泊まることになってしまった。

ラシェルは豪華な客室に通されたものの、落ち着かないのでこうして王宮の庭を散歩しているのだ。もうすでに日は暮れ、辺りは暗闇に包まれている。普段なら静まり返っているはずの時刻だ。明日の準備がまだ完全に終わっていないらしく、何人かの召使いが庭で作業をしていた。

「国王様の御心の寛大さにもほどがあるわよね。もし私が賊の一味だったりしたらどうするのかしら。…まぁ、それはないけど。うーん、それにしても1人だと落ち着かないわ……しょうがない、呼ぶか」

心の中でツェツィーリエに呼びかける。

(ツェツィーリエ、悪いんだけどこっちに来てちょうだい…)

音もなくツェツィーリエが現れた。

「マスター、『悪いんだけど』なんて言うくらいなら最初から呼ばないで欲しいですわ。……ってあれ?ここどこです?」

「……王宮の庭よ」

ツェツィーリエの言葉に多少引っかかりを覚えつつも答える。

「どうしてまだ王宮にいるんですの?もう夜になっちゃってますわよ」

「うん、明日はギュンター祭らしいの。私ギュンター祭に参加したことなくって…そうしたらクリステル様が王宮に泊まって行って明日お祭りに参加すればいいっておっしゃって下さって」

「クリステル様…末のお姫様ですわね」

「そうよ。ギュンター祭は絶対に楽しいからって押し切られちゃって。折角だから泊めて頂くことにしたの」

「ハウゼ様はご一緒じゃありませんの?」

「お爺様は長い間森を空けられないって、お帰りになったの」

「なるほどですわ。私も今までに何人ものマスターにお使えしましたけど、ギュンター祭って見たことないですわ。何だか面白そうですわね!明日はもちろん私も召喚して下さるのよね、マスター?」

「別にいいけど…人間族にとってはまだ精霊って珍しいらしいから、もしかしたら見世物小屋に売られちゃったりして…明日はそういうお店もいっぱい出るらしいよ?」

「マスター…もちろん助けてくれますわよね…?」

急に不安げな表情になるツェツィーリエ。

「さて、どうかしら。生意気な精霊さんは1度見世物小屋で修業した方がいいかも…」

「そっ、そんなですわ!ひどいですぅ〜!」

ツェツィーリエはふわふわと浮かびながらじたばたと手足を動かした。

「冗談だよ〜。本気にしたの?だいたい本当に捕まりそうになったとしても深界に帰るか、ちょっと魔術で脅かしちゃえばいいじゃない」

「あ……」

いつものようにラシェルとツェツィーリエはきゃあきゃあと言い合っている。


「やけに賑やかな声が聞こえると思ったら…あなた達だったのね」

ふいに後ろから声をかけられ、振り向くと1人の女性が佇んでいた。


豊かな栗色の髪を後ろで束ねてアップにし、明るいエメラルドグリーンの瞳はいたずらっぽく笑っている。凛とした佇まいの美しい女性だ。

彼女の名はエルゼ。ファスティマ王国の第1王女である。髪と瞳の色は第2王子アドルとお揃いで、どことなく顔つきも似ていた。

「エルゼ様!」

「今日はやけに遅くまでいるのね?家庭教師の日だったんでしょ?」

「はい、それが……」

ラシェルは王宮に泊まることになった経緯をエルゼに話して聞かせた。


「ははっ、なるほどね!あの無敵の王女様に押し切られたわけね。でもクリステルの言うとおり、ギュンター祭は見ておいて損はないわよ」


エルゼは王女という身分でありながら、誰とでも砕けた口調で話す。さばさばとした性格で兄上と剣術の稽古までこなしてしまう、まさに男勝りな王女様である。


「ところでラシェル。あなた急に泊まることになったなら着替えも持ってきてないでしょう。そのドレスじゃ明日動き辛いんじゃない?」

確かにラシェルは正装であるドレスを着ている。これでは街を自由に歩き回るのにも苦労するだろう。

「いいわ、私が手配しておくから。サイズは…だいたいエミーリエと同じくらいかしら」

「でも、エルゼ様…王宮に泊めて頂くだけでも恐れ多いのに、その上服まで用意して頂くなんて…」

「ラシェル、あなたはつまらないことを気にしなくていいの。明日のギュンター祭を楽しむことだけを考えてなさい」

「…はい、ありがとうございます。エルゼ様」


「ところでラシェル。明日はお祭り以外にもう1つ重大なイベントがあるんだけど、知ってる?」

「いえ、ギュンター祭が明日ということも、今日知りましたので…」

「そうなの?中々エルフの森にまでは伝わらなかったのかな。もうアルタミア中がこの話題で持ちきりなのよ」

「???」

「まっ、明日のお楽しみにってことにしておきましょう」

「えーっ、気になりますわ!」

ツェツィーリエが横から口を挟む。

「こらっ、ツェツィーリエ!失礼なこと言わないの」

「だって、マスター…」

「相変わらずね、あなた達は。見ていて飽きないわ」

ラシェルはちょっとだけ恥ずかしくなって俯いた。


「私は自室に戻るところだったのよ。今日は早めに寝るといいわ。明日たくさん遊べるようにね。じゃあ、また明日。お休み、ラシェル」

「お休みなさいませ、エルゼ様」

エルゼを見送ると、ラシェルも客室に引き返すことにした。



「マスター、明日の重大なイベントって何なんでしょうね?すっごく気になりますわ!」

「確かに気になるけど明日になればわかることだし…ね」

「まぁ、そうですけれど。では私も一旦帰りますわ。明日は絶対に絶対に召喚して下さいね!」

「大丈夫よ、忘れたりしないってば。じゃあお休み、ツェツィーリエ」

「おやすみなさいです〜」

おやすみなさいの声と共にツェツィーリエはすっと消えた。




ラシェルにあてがわれた客室のベッドは、白絹の天蓋つきのこれまた豪華なベッドであった。

「こんな凄いベッドじゃ落ち着かなくて眠れないかも……」


ラシェルは王宮の片隅で呟いたのであった。



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