第3話  王都アルタミア


「お爺様!遅くなってごめんなさい……」


ラシェルは馬車に乗り込むや否や、すでに馬車の中にいた大長老ハウゼに謝った。

「おてんば嬢や?今日はどこに行っておったのかな?」

ハウゼは孫娘が可愛くてたまらないといったふうであまり気にしていない様子だった。

「お爺様、今日はお天気が良かったからちょっと森の中を散歩してて…もちろん時間までには戻るつもりだったのよ?ただツェツィーリエと一緒にハーブを摘んでたら眠くなっちゃって…ツェツィーリエったら眠ってる私をほったらかしにして深界に帰っちゃうんだもの」

「まぁ、マスター!私のせいにするおつもりですか!」

ツェツィーリエがぷくっと頬を膨らませた。

「だってエレーナが探しに来てくれなかったら、私まだ居眠りしてたわ」

「だいたいマスターは私を召喚し過ぎですわ!私達精霊族は魔術を使うお手伝いの為に召喚されるのに、どうしてハーブを摘むごときで呼び出されなきゃなりませんのっ!」

「深界にいても退屈だから沢山呼び出してくれって言ってたのはどこの誰よ?!」

ハウゼは孫娘と小精霊族がきゃあきゃあと言い合っているのをにこにこしながら眺めている。


「さて、そろそろ出発するとしようか。ジーク、馬車を出してくれ」

馬車はガタッと音を立てて、ゆっくりと動き出した。


ハウゼとラシェルは、これからファスティマ王国の王都アルタミアにある王宮に向かう。ハウゼは週に1度、歴史の家庭教師として王宮に上がっているのだ。もちろん教え子は王子、王女達である。

ラシェルはまだ年若いながらも魔術の才能が認められ、同じく魔術の家庭教師代理として王宮に上がることが許されていた。

本来ならラシェルの父、次期エルフ族長が魔術の家庭教師を務めていた。だが8年前に『闇の者』にラシェルの母と共にさらわれ、帰らぬ人となっていた。

ラシェルの父も母も誰もが認める『精霊使い』だった。ツェツィーリエはもともとラシェルの母と契約を交わしていた。母がさらわれた後、ラシェルが引き継いだのだ。
ラシェルにはもう1人、父から引き継いだリューディガーという召喚精霊がいる。リューディガーは大精霊族だ。もちろん受け継いだと言っても、ラシェルの才能があればこそである。


馬車はリルの森を抜け、王都アルタミアに向かってひた走る。アルタミアはファスティマ王国のほぼ中央に位置する為、少々時間がかかる。
ラシェルはツェツィーリエと騒いだので疲れたのか、馬車の振動も心地よく、またウトウトと眠り始めた。




「マスター!起きてください、マスター!」

ツェツィーリエの元気な声でラシェルは目を覚ました。

「マスター、もうすぐ王宮に着きますよ。寝ぼけまなこでお会いするなんて失礼ですわよ!」

「うっるさいわねぇ、そんなこと言うのはこの口かっ、この口かっっ!!」

ラシェルがツェツィーリエの口を両側に引っ張った。

「は、はふふぁ、ひひゃいれすぅ〜(注:マスター、痛いですぅ)」



その時、馬車がガラガラと音を立てて橋を渡り始めた。この橋を渡れば、目指す王都アルタミアが見えてくる。

「ほら、2人とも。もうすぐ王都じゃ。元気なのは良いことだが、くれぐれも失礼のないように。もう何度もお目通りしているから大丈夫じゃろうが。国王様をはじめ皆様寛大な方が多いが、けじめは必要じゃぞ」

「はーい、ごめんなさい……」

2人の声が綺麗に揃った。


頑丈な岩で出来た石の橋を渡ると、天に向かってそびえたつ立派な城門が見えてきた。王都アルタミアの玄関口の城門だ。

アルタミアは都全体が1つの城のように城壁で囲まれている。普段は城門は開けっ放しで商人や旅人がひっきりなしに出入りしているが、いざ王都の危機ともなると城門は閉じられ、鉄壁の守りとなる。

長い歴史の中で幾度となく危機にさらされる内に、いつしか立派な城門と城壁が築かれたのである。

城門をくぐると、すぐ目の前にはメインストリートがある。メインストリートの両脇は市場になっていて、多くの店が軒を連ねている。大陸一の農業生産量を誇るだけあって、特に農作物関係が充実している。

リルの森に住むエルフ達、もちろんラシェルもたまにこの市場に来ては買い物を楽しむのである。市場は見ているだけでも楽しくて時間が経つのを忘れてしまう。

いつだったか、ラシェルはメイジーと2人だけで市場に来たことがある。買い物に夢中になり過ぎて帰りが遅くなり、ハウゼにこっぴどくしかられたこともあった。あれはまだラシェルの両親も健在であったから、8年以上前のことである。


メインストリートを通り抜けると、ほどなく王宮が見えてくる。ファスティマ王宮は別名グリーン=パレスとも呼ばれ、その名の通り緑に囲まれた美しい、この国を象徴しているような王宮であった。


ハウゼが王宮の城門前に立っている顔見知りの衛兵に顔を見せると、ギギギ…と重たい音を発しながらゆっくりと城門が開かれた。馬車は王宮の中へと消えていった。



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