第19話  3人目の召喚精霊


突然部屋に入ってきたラシェルに、ハウゼもアーリクも心底驚いている様子だった。無理もない。


「だ…駄目だ、ラシェル。お前は何を考えているのじゃ。お前も知っての通り、ラリューシカには先日闇の者が現れたばかり。 また現れないとも言い切れないのだぞ」

しばらくあっけに取られていたハウゼが、ようやくハッと気が付いたように言った。

「どうして?私だって精霊使いなんだし…それにアーリク様の決意は固いんでしょう? それに、闇の者がいつどこに現われるかなんて、わからないじゃない。 聖女様がいらっしゃらない限り、どこにいたって同じよ」

「それは、確かにそうじゃが…万が一ということもある。それにラシェル。お前は確かに精霊使いだが、まだ経験も浅いし召喚精霊の数も少ない。 お前でなくても、誰か他の者を供に…」

「今の状況じゃ誰もラリューシカに行きたがらないと思うわ。お爺様は森を空けるわけにはいかないし」


ふと黙り込んだラシェルはしばらく何事か思案していた。

「そうだ!こうすればいいでしょう、お爺様」

「こうすれば、とは?」

「私の召喚精霊がツェツィーリエとリューディガーだけだから心配なんでしょう? だったら、今から新しい精霊と契約してくる!じゃあ、早速行ってきます!」

「こら、ラシェル!そういう問題ではない!それに、お…」

ハウゼが何事か叫んでいたが、勢いよくドアを閉めて駆け出したラシェルの耳には もはや届いていなかった。







「と、いうことで、3人目の召喚精霊と契約しようと思うんだけど」


「…………」

「………アホですわ」

ハウゼの部屋を飛び出した後。早速呼び出したツェツィーリエとリューディガー の開口一番の言葉である。

「あっ、アホって何よ?!それにリューディガーも何で黙ってるのよ」

「もー、アホにアホって言って何が悪いんですの?まったく、そんな不純な動機で 精霊がほいほい契約してくれると思ったら大間違いですわ!」

腕組みしていたリューディガーも今回は同意見らしく、ツェツィーリエを 嗜めようとはしなかった。

「別に、不純な動機じゃないでしょ?アーリク様を助けたいんだもの」

「マスター、本当の動機は違いますわよね?」

「え………」

「本当は、前に私がお話ししたことが気になってるんでしょう。神人族のナジェージダのこと。 ラリューシカに行くなら、彼女と話してみたい。本当の動機はそんなところじゃ ありませんの?」

「それは…た、確かにそうよ。前にツェツィーリエの話を聞いてからずっとナジェージダ様に 会ってみたいと思ってた。だって、『闇の者』の声を聞いたのよ?」

「マスター=ラシェル」

今度はリューディガーである。

「な、なに、リューディガーも何か…?」

「…確かに、アーリク殿を助けたいというお気持ちはご立派です。しかし、 いささか契約について軽く考えておられるふしがあるかと…」

普段は滅多なことではラシェルを嗜めることのないリューディガーにまで 言われてしまう始末。

「何も、契約までしなくてもよろしいのでは?ラリューシカに行く間だけ、 護衛という形で協力して貰えばいいではありませんか。マスター=ラシェルは 精霊使いなのです。例え契約した召喚精霊でなくても、そのようなご命令を 出すことは容易いことでしょうに」

「でも、お爺様は私のことを心配してらっしゃるのよ。もう1人召喚精霊が いれば少しはラリューシカ行きについて考えて下さるかもしれないし」

「マスター=ラシェル。ですから、契約をそのように軽々しくお考えになっては なりません。精霊との契約は一度交わしたら一生ものなのです。途中で 嫌になったからやめた、などということは出来ないのですよ」

「それは、もちろんわかってるわよ」

ラシェルも、リューディガーも、お互いに譲らない雰囲気である。


はぁ、とため息をついたツェツィーリエがこう提案した。

「ではマスター。今の正直なお気持ちで精霊を呼んでみればいいですわ。 『アーリク様を助けるのは一応本心だけど建前で、本当はラリューシカのナジェージダ に会ってみたいの。でもお爺様が許してくれないからもう1人召喚精霊が必要なの』 もし、その動機でも契約していいと思う精霊がいれば呼びかけに応じてくれる でしょう」

その後で、多分いないと思うけど、と呟いた。小声なのでもちろんラシェルの 耳には届かなかった。

「そ、そこまで言わなくてもいいじゃない…ほとんどそうなんだけど。 よし、いいわ。でも、呼びかけに応じてくれる精霊がいたら、その時は 口を挟まないでよ。私はその精霊と契約する」

ラシェルとツェツィーリエはリューディガーの方に顔を向ける。
やれやれ、しかたないという表情でリューディガーも渋々承知したと頷いた。




「じゃあ、早速始めなきゃ。意識集中するから静かにしててね……」

ラシェルは早速瞑想に入った。

精霊使いが精霊と契約を結ぶには、まず精霊使いが心の中で精霊に呼びかける ところから始まる。私はこういう理由で精霊と契約を結ぶことを必要としている、 だから私の呼びかけに答えて下さい、と。その思いに応じても良いと思った精霊が、 その精霊使いの前に姿を現す。もし複数の精霊がいれば、一番早く その思いに反応した精霊が現れることになる。そこで初めて契約の段階に入っていくのである。

もちろん、その精霊使いの思いが突拍子もないものであれば、応じる精霊は いない。精霊達もまた、主人を選ぶ権利はあるのだ。


ラシェルは目を閉じ、心の中で一心に呼びかけている。
ツェツィーリエもリューディガーも、まさか応じる仲間はいないだろうと 思いつつも、ラシェルを見守っていた。




その時。


音もなくラシェルの目の前に現れた――




「お呼びですか、精霊使いさん」


ラシェルの呼びかけに、応えた精霊が現れたのである。



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