「このたびのことは何と言ってよいのか…まことに残念じゃった」 そう言うなりハウゼは視線を落とした。 「ようやくお前の気持ちがわかったよ、ハウゼ。近しい者が闇の者に連れ去られるということが、どんなことなのか」 ハウゼの元に来ていた客人、アーリク。尖った耳、真っ白になった頭髪。そして深く刻まれた顔や手の皺。顔色には陰りが見える。身に纏っている漆黒のローブが喪中であることを示していた。 隣国エデティア王国のエルフを統括するエルフ族長―そして、竜護官スタニスラーフの父。 「皮肉なものだ。8年前のあの日の、お前の気持ちが今になってようやく理解できるとは…」 8年前のあの日―ハウゼの息子であり、ラシェルの父であるライナスが闇の者にさらわれた時のことを指している。 「あの日のことは今でもよく覚えておる。鮮明過ぎるくらいにな。忽然と消えてしもうた。何の心の準備も出来ないままじゃった。幼い娘を残して、さぞかし心残りだったじゃろうに…」 2人はしばしの間黙り込んだ。 「実は…ラリューシカに行こうと思っている」 先に沈黙を破ったのは、アーリクの方だった。 「ああ、葬儀に参列するのじゃな…今回の被害はあまりにも大きかった」 「いや…それもひとつの目的ではあるが…」 「…アーリク?」 アーリクは一息ついて目を閉じると、そのまま話を続けた。 「そのままラリューシカに留まるつもりだ。今日、族長の座をパーシヴァルに譲ってきた」 「………そうか」 「精霊との契約も破棄した」 「!何てことを…!」 ハウゼは思わず椅子から立ち上がっていた。 「お主、自分がしたことをわかっているのか?!」 精霊使いと召喚精霊との関係…それは一度契約すれば、その精霊使いが死ぬまでの一生の契約となる。 契約を結んだ時から、精霊使いの生命は精霊使い1人のものではなくなる。生命の一部を使って精霊を呼び出すことになるからだ。 契約している間は精霊の力によって寿命が縮まることはない。だが、精霊使い自らが契約を破棄した場合…今までの全てのものが負担となって精霊使い自身に圧し掛かり、死は急速な速さでやってくる。 「なに、すでにこんな老いぼれじゃよ。遅かれ早かれ、その時はやってくる」 「アーリク…!」 ハウゼは聞いていられないといった風に顔を背けた。 「なぁ、ハウゼよ。あれは…スタニスラーフはな、わしの誇りじゃった。お前も知っておろう、竜護官という職の特異性を。いくら精霊使いの才能があるからと言って誰にでもなれるわけではない。 あれは…幼い頃から優秀過ぎるくらいに優秀じゃった。逆に親が恐ろしくなるくらいにな。6つの時にはすでに大精霊2人と小精霊3人を従える程じゃった。…そんな者を、他が放っておくわけがない。 わしの元にラリューシカから使いが来たのは、あれが9つの時。その時には従える精霊族の数は倍になっておった。是非に、と懇願する使いの前で、もちろんわしは返事を渋っておった。だがな、アーリク… 『行きます。…父上、そんな顔をしないで。僕は大丈夫だから』 あれは、わしの目を真っ直ぐに見てそう言ったのだ。まだ9つだ、親に甘えていたい年頃じゃったろうに。 そしてひと月後にあれは使いと共にラリューシカに旅立って行った…それが最後じゃ。わしは族長という立場上、森を離れるわけにはいかなかった。あれも竜護官という任務を与えられ、ラリューシカを離れるわけにはいかぬ。いくらあれの噂を聞けども、わしは我が子の成長した姿すら見れなかったのだ。もう少し、もう少し早く族長の座を退いていれば…せめて、ひと目でも我が子の立派に成長した姿を見たかった…」 そう語り終えたアーリクの目には一筋の涙が流れていた。 「せめて、最後くらいは側にいてやりたい。精霊使いとか、竜護官とか、全て取り払って只の父と子として。例え、あれの遺体がなくとも。最後の地ラリューシカで、少しでも近くに…」 「…わかった。もう何も言うまい」 「ハウゼ。お前ならきっと、わかってくれると思っておった」 「もしや、ラリューシカには1人で行くつもりではあるまいな」 「そのつもりだが」 「精霊も使役できない、その身体で1人で行こうというのか?危険極まりない話じゃ。闇の者だけではない、他にも色々と…」 「他の者を巻き込むわけにはいかぬ。これはわしの我がままなのだから」 「…もし、ラリューシカにたどり着くまで、お主が持たなかったら?誰がお主の亡骸を運ぶというのじゃ?」 「それは……」 アーリクが言葉に詰まった時、部屋の扉が勢いよく開いた。 「私が、行くわ」 「ラシェル?!出かけていたのではなかったのか?」 「…さっき帰ってきたの。メイジーからアーリク様がいらしてるって聞いたから、ご挨拶しなきゃと思って。…立ち聞きするつもりじゃなかったの。ごめんなさい」 ラシェルは頭を下げると、もう一度ハウゼに向き直った。 「私が、アーリク様と一緒にラリューシカに行くわ」 |