第17話  ティータイム


ファスティマ王国の北部に位置するリルの森、またの名をエルフの森。その名の通りエルフが住まう森である。
この森のエルフを統括するエルフ族長ハウゼやその孫娘ラシェルが住むのはリルの森内部でも最も規模の大きいウェークの村。そしてそのウェークの村を時計回りにぐるっと囲むようにティラハ、トリク、ウルハ、ベナの4つの村が存在する。



ラシェルは森の東に位置するトリクの村から南のウルハの村へと通じる一本道を歩いていた。
昨日が王宮家庭教師の日で、今日は特にこれといった予定もない。森の村の中で唯一本屋があるトリクを出て、これから友人に会おうとウルハに向かっているのである。

ラシェルが普段生活しているウェークは、長老が住み、森の中心的な存在でもあることから比較的高齢のエルフが多い。ラシェルはエルフとしてはかなり若い方なので、同年代のエルフはウェークにはほとんどいないのだ。自分より年長の者達に囲まれて暮らすのには慣れてはいるが、やはり他愛ないおしゃべりに花を咲かせたいこともある。その点、ウルハには若いエルフが多く住んでいる。

「今日は天気いいし、多分みんなイヴェットおばさんのとこにいると思うんだけどな…」

今日はツェツィーリエも召喚していない。ラシェルは誰に言うでもなく呟いた。


イヴェットはウルハの森で酒場を経営しているエルフだ。彼女もまた、夫を闇の者に連れ去られたという過去を持つ。同じく両親を闇の者に連れ去られたラシェルとはどこか通じる部分があるのだろう、元々子供がいないこともあってかラシェルを実の娘のように可愛がってくれている。

イヴェットの経営する酒場『ルロイ』は、夜はもちろん酒場だが、昼間はもっぱらエルフの若い女の子達のおしゃべりの場となっている。ラシェルは天気の良い日は店の外にあるテラスで過ごすことも多い。昼間のうちは簡単な食事やお菓子、ラシェルの好きな薔薇茶などメニューが豊富に揃えられているのもラシェルのお気に入りの1つだった。


ウルハの村へと続く一本道を抜けると、一帯に野イチゴが生い茂っている場所に出る。ここを抜ければウルハの村はすぐである。

「うーん、また鳥に食べられちゃったか…残念!」

ここの野イチゴは美味しいというのを知っているのだろう、よく鳥にまるごと食べられてしまうのだ。
ラシェルは少しだけしかめっ面を作ってみせると、駆け足で茂みを通り抜けて行った。






ラシェルの予想通り、『ルロイ』周辺からは賑やかな声が聞こえてくる。テラスは店の向こう側だが、客がいることは間違いなさそうだ。

ラシェルはとりあえず正面の入り口から中に入った。皆テラス席にいるのだろう、店内には1人も客がいない。カウンターで作業をしていたイヴェットがラシェルに気付いてにっこりと微笑んだ。


「いらっしゃい、よく来たね。今日は天気もいいし、ごらんの通り大繁盛だよ」

イヴェットは目を細めながらテラスの方を見やった。

「みたいね。ってここは天気に関係なくいつも繁盛してるでしょ」

「まぁ、ありがたいことにね。ところでラシェル、今日の注文は…あ、先にこれを置いてくるから待ってておくれ」

イヴェットはトレーにティーポットとカップを2つ乗せると、テラスに出て行った。イヴェットが「みんなー、ラシェルが来たよー!」と大声で言うのが店内まで聞こえてきて、ラシェルは思わず苦笑した。



「そうそう、今日は良い物が手に入ったんだよ」

ほどなくして店内に戻って来たイヴェットが思い出したように呟いた。

「良い物?なぁに?」

「遠路はるばるヒエロニムスから取り寄せた、月花茶さ」

「えっ、ほんと?!1回飲んでみたかったんだ!」

「だろう?ラシェルなら喜んでくれると思ってたよ。いいかい、これはそのまま家に持ってお帰り。皆には内緒だよ」

「え?でも…いいの?」

「ああ、元々そんなに多く手に入ったわけじゃないんだ。メニューに加える程はないのさ。メニューに加えたらあっという間になくなっちまう」

「だから内緒なんだ?ふふ、ありがとう」

「本当はここで淹れてやるのが一番なんだろうけどね。…で、今日は何にするんだい?」

「うん、いつものでいいよ」

「薔薇茶とくるみのパンケーキだね。すぐに持ってってやるから、テラスに行ってな」

「うん、ありがとう。お願いね」


ラシェルは店内からテラスへと続く大扉を抜けてテラスに出た。『ルロイ』のテラスには全部で10脚のテーブルが置かれており、ほとんどが客で埋まっていた。
あちらこちらのテーブルからこんにちはラシェル、の声が聞こえてくる。


「ラシェルー、こっち!」

一番奥のテーブルからラシェルに向かって手を振っているエルフ。シェーラだ。同じテーブルにはナタリアもいる。テーブルの隅には小精霊族のドゥルシラがちょこんと座っていた。


シェーラもナタリアもラシェルの友人だ。2人ともラシェルと同年代で、ウルハの村に住んでいる。
ナタリアはラシェルと同じ精霊使いのエルフで、小精霊族のドゥルシラと契約を交わしている。
一方のシェーラはエルフはエルフでも、ハーフエルフである。父が人間族、母がエルフ族だ。父の死後、母と共にこのリルの森にやってきた。彼女は精霊使いではないが、それでも小精霊族なら呼び出すことができる。

エルフ族、そして神人族はこのベルンハルデ大陸の種族の中で最も魔力が高い種族だ。よっぽど魔術の能力に見放されていない限りは小精霊族の1人や2人、呼び出すことができる。ただし、精霊使いの条件である精霊との契約を結ぶとなると、それはまた別の話である。




ラシェルは一番奥のテーブルまで行くと、シェーラの隣に腰掛けた。

「今日は何頼んだの?」

「いつものよ。薔薇茶とくるみのパンケーキ」

「またぁ?そりゃ確かにイヴェットおばさんのは何でも美味しいけど…たまには違うの頼んだら?ね、ナタリア?」

シェーラは呆れ顔でナタリアに同意を求める。

「そうそう、最近新しいメニュー加わったのよ。野イチゴのジャム。クッキーにつけて食べると美味しいのよ」

視線をテーブルに向けると、小精霊族のドゥルシラが自分にとってはかなり大きいクッキーを食べようと四苦八苦している。

「久しぶりね、ドゥルシラ」

「お久しぶりです、ラシェル様。ところで今日はツェッツィは一緒じゃないんですか?」

ドゥルシラが大きなクッキーを抱えながら首をかしげた。

ツェッツィとは、ツェツィーリエの愛称である。精霊同士の間ではそう呼ばれることが多い。

「ツェツィーリエは今日はまだ呼び出してないの。最近呼び出してばっかりだから疲れてるかなと思って」

「ああ、確かに最近忙しいってぼやいてました、あの子。…っと!」

ドゥルシラはクッキーの重さによろけそうになった。

「ドゥルシラ、よくばって食べようとするからでしょう。ほら、半分に割って上げるから」

「お手数かけます、マスター」

ナタリアとドゥルシラの掛け合いを見ながら、ふとラシェルが思いついた。

「新メニューが野イチゴのジャムって…もしかして村の入り口にある野イチゴ使ってるとか?」

「そうよ、イヴェットおばさんが言ってたもん」

シェーラがクッキーを頬張りながら答える。

「てっきりまた鳥に食べられたのかと思った」

「それがね、鳥が来る早朝より早く摘まなきゃって、夜が明ける前に野イチゴ摘んでるらしいよ」

「そこまでして作りたいものなのかしらねぇ…」

ドゥルシラの為にクッキーを砕いてやりながらナタリアが言った。


「そりゃそうさ!なんたってあれは私の野イチゴなんだから!」

背後から大きな声がしたかと思うと、イヴェットが立っていた。

「はい、ラシェル、お待ちどうさま。薔薇茶とくるみのパンケーキだよ。……あれはね、私が植えた野イチゴなんだよ。皆は自生してるとでも思ってたんだろうけどね。前々からジャムの種類を増やしたいと思ってたのさ。でもすぐに鳥が食べちまうだろ。まぁ、毎日摘むわけじゃないから鳥も食いっぱぐれることはないだろ。じゃあ、ごゆっくり」

イヴェットはまたにっこり笑うと店内に戻って行った。






ラシェルが『ルロイ』で他愛ないおしゃべりに花を咲かせていた頃。ラシェルの祖父、リルの森のエルフ族長ハウゼに来客があった。


その人物とは―隣国エデティアのエルフ族長、アーリクである。



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