エデティア王国はファスティマ王国と陸続きの北東に位置する国である。主な産業は絹・絹織物。王都カイセリーで生み出されたという『カイセルリーア』は他国に多く輸出され、各国の王侯貴族も好んで用いる極上の絹織物である。 エデティアにはファスティマと同じくエルフの森『ニーサの森』が存在し、偉大なる精霊使いスタニスラーフが生を受けた森としても名が知れ渡っている。ニーサの森のエルフ族長はスタニスラーフの父アーリクで、ラシェルの祖父ハウゼとも古くからの友人である。 「ヴィッテル様が?事前に使いもなく一国の国王が来たと?」 ハイニの顔も怪訝そうな表情になった。 一国の国王が他国に赴くともなれば、事前に使いが立てられるのが常識である。国王から命を受けた使者がその国を訪れ、国王訪問を伝える。相手国では国王来訪に備えて様々な準備をし、逆に使者を立てて準備が終了したことを伝える。そこで初めて国王が訪れるのだ。 使者も立てずにいきなり押しかけるのは余程の非常事態でない限り、無礼な事とされる。 そこで今回のエデティア国王の突然の来訪である。何か緊急事態でもあったのかと思うのが普通だろう。 「ともかく早く支度をした方がいい。ハイニにアドル、お前達が呑気に散歩してるから俺達は大変だったんだ」 ヒューバートが少々むっとした表情でぶっきらぼうに呟いた。 「俺”達”って?」 「手が空いてる者全員だよ。俺や団長殿はじめ王宮騎士団総出だろ、それにグレイス公ともあろう御方が王宮中駆けずり回って大捜索だ。ユリシーズもわざわざ家から呼び寄せた」 「それは…悪いことをしたな…」 ハイニは心底悪かったという表情を浮かべた。 ちなみにグレイス公はカティーナの父、ユリシーズはヒューバートの弟でフィランダー侯爵家の二男である。 「でもさぁ…」 アドルが横から口を挟む。 「急に隣国の国王が来るなんて誰も思わないでしょ、普通」 「…そりゃそうだ」 ハイニとヒューバートは溜め息混じりに頷いた。 ハイニとアドルが正装に着替え、ヒューバートを従えて玉座の間に辿り着いた時にはすでに皆勢揃いといったところだった。 玉座のハインリヒ国王の隣にはレイチェル妃、玉座より2段下がってエルゼ王女、エミーリエ王女、クリステル王女。そしてウォレン卿はじめ国王の側近、重臣達である。グレイス公爵やヒューバートの父フィランダー侯爵の姿もあった。 ヴィッテル国王はまだ控えの間にいるらしく、姿はなかった。 「父上、遅くなりました。申し訳ございません」 ハイニは非を詫びるとハインリヒ国王の玉座の1段下に向かった。その場所が未来の王となるべき王太子の場所である。アドル王子は王女達と同じ玉座から2段下の位置である。 「また城を抜け出していたのだな。アドルもか。皆の者の手を煩わせた…しかし、ヴィッテル殿の突然の来訪も予期せぬこと故、致しかたあるまい」 ハインリヒも国王という立場上ハイニとアドルをたしなめたが、それほど怒ってはおらず、むしろ彼自身もヴィッテルの突然の来訪に驚きを隠せない様子だった。 「さて、皆揃ったようだな。これでヴィッテル殿をお迎えするのに不備はないであろう。ウォレン卿、ヴィッテル殿をお通しするように」 かしこまりました、と答えてウォレン卿は控えの間へと姿を消した。 「まずは突然押し掛けて申し訳ない、非礼をお詫び致します」 数人の側近と共に玉座の間に現れたヴィッテルは開口一番にこう答えた。 「いえ、礼儀をわきまえておられるヴィッテル殿のこと、何か緊急の事態とお見受け致しますが」 「実は、この度は重大なお願いがあって参った次第で」 「願い事、と?まずは話を聞きましょう。我が国で力になれることであれば協力惜しみませぬ故」 「それはありがたいお言葉。そうですな、では早速本題に入らせて頂きたい。お願いというのは…我が子、オーロールのことなのです」 「オーロール姫…?可愛がっておられる末姫様ですね」 「あれは今年で12になります。お願いというのは…」 今までハインリヒと向かい合って話していたヴィッテルがいったん話を切ると、ハイニの方に向き直った。 「お願いというのは、ハイニ殿にあるのです」 「私に…ですか?」 突然話を振られてハイニは驚きの表情を浮かべた。 「率直に申しましょう。我が娘オーロールを…正妃にして頂きたい」 |