第14話  序曲


『姫巫女アルムート様が任を解かれ、神王様の第2女ロザリンデ様が新たな姫巫女様になられた…』


ヒエロニムスで選出の儀が行われてから数日後、各国にも姫巫女交代の知らせが届いた。先代聖女メヒティルトが亡くなってから3度目の交代。人々の興味は次第に薄れつつあり、しかし新たな姫巫女に一縷の望みを託さずにはいられなかった。

もはや只の巫女となってしまったアルムートのその後を知る者はごく一部のみである。





うららかな昼下がり、アドルは王宮の一角にある王子の私室で過ごしていた。午前中にヒューバートから剣の指南を受け、汗だくになったので入浴を済ませたところだ。午後からは特に予定もないので、のんびりと書物などを紐解いていた。

アドルは書物を前に心ここにあらずといった様子で、ギュンター祭の前日にハウゼと交わした会話を思い出していた。

あの時ハウゼが言っていた姫巫女交代の噂。その噂は現実のものとなった。アルムートは姫巫女の座を追われ、新しく神王の娘が姫巫女の座に就いた…。

『……交代をしたとしても、あまり望みはないでしょう。しかし解決策がない以上、こうするしかないでしょうな。新たに姫巫女の座につく巫女様にはお可哀想ですが…』

ハウゼの言った言葉が頭の中を反芻していた。



コン、コン。

ドアをノックする音でアドルは我にかえった。

「誰?」

少々暗い気持ちになっていたので、返す言葉のトーンも低めだ。

「なんだ、やけに暗いな」

ドアを開ける音と同時に声が返ってきた。

「兄上」

部屋に入ってきたのはハイニだった。


「こんな天気のいい日に部屋に篭って何やってるんだ?」

「ちょっと…考え事」

「…暗い…暗いな。よし、アドル。今から遠乗りに出かけるぞ」

「今日は剣の稽古で疲れたから遠慮しとく」

「なんだ、そんな貧弱な弟を持った覚えはないぞ。兄に逆らうことは許さん」

「えぇ…」

アドルは渋々とハイニの言葉に従った。





「アーデルハイトと遠乗りに出かけるのも久しぶりだな」

アドルは自分の髪と同じ栗色の馬の頭を撫でた。アーデルハイトはアドルが12歳の誕生日に国王から譲り受けた牝馬で、栗色の毛並みが美しい駿馬だ。ハイニも同じく父から譲り受けた黒の牡馬、ヴィンフリートを伴っての遠乗りだ。

ハイニとアドルは王都アルタミアをぐるっと囲む城壁から抜けだし、王都の北東に位置する草原に来ていた。よくハイニやエルゼなどはお忍びで遠乗りに来る場所である。現国王ハインリヒも王太子時代にはお忍びで時折訪れていた場所だ。

今回も、もちろんお忍びでの遠乗りである。ハイニは言うに及ばず、アドルも幼少の頃からみっちりと馬術を教え込まれた為、年の割にはかなりの馬術の腕前である。



「アドル、あの木陰で休憩しよう」

2人は馬から下りると、馬を木の幹に繋いで草の上に腰を下ろした。草原を吹き抜ける風が心地よい。2人は持参した檸檬水でのどを潤し、心地よい風に身をゆだねていた。



「アドル。やけに元気がないみたいだな。今日の剣の稽古、身が入ってないとヒューバートもぼやいていたぞ。何か悩み事でもあるのか」

「悩み事…じゃないよ」

「じゃあ何をそんなに考え込んでいるんだ?」

「先生が仰ってたことが気になってるんだ」

「先生…ハウゼ殿か?」

「そう、ハウゼ先生。…つい最近姫巫女様が交代したでしょ?先生が交代しても聖女様を探し出せる望みは薄いって。新たに姫巫女様になる方にはお可哀想だけど、って。だから、この前交代したって聞いて…」

「そうか。お前も可哀想だと、そう思ってるのか?」

「…年も僕とそんなに変わらないらしいし」

「周りの人がどうこう言おうが、本人の意志が一番なんじゃないか?別にハウゼ殿の意見が間違っていると言いたいわけじゃない。確かに今の状況を見れば誰だってそう思うだろう。でも、もし本人がそう思っていなかったら、別にその人は可哀想でもなんでもない。だから実際に本人に会って、気持ちを聞いてみなければ何もわからない」

「この状況じゃ、悲観しない方がおかしいんじゃない?」

「…話を振り出しに戻すなよ…」

「でも、兄上の言うことも一理あるかもね」

「アドル、言葉の端々に刺が含まれてるようだが…」

「兄上はさ、婚約も無事に済んで幸せの絶頂だから考え方も明るい方向にいくんじゃないの?」

「…さてはお兄様が結婚するんで寂しいか?」

「ばっかじゃないの」

「兄に向かって素晴らしい口の利き方だな」

ハイニはアドルの髪をくしゃくしゃと撫でると笑った。



「…あ、雨だ。さっきまであんなに晴れてたのに」

先ほどまでじりじりと照っていた太陽がいつの間にか隠れ、雨雲が辺り一面に広がっていた。この季節は天気が変化しやすい。

「久々の遠乗りだったのにな。しかたない、戻るとするか」

2人は再び馬に乗ると、王都へ向かった。



ハイニとアドルが王宮に戻ると、抜け出した時とは様子が違っていた。庭に馬車が10台程止まっている。その中にひときわ豪奢な馬車が1台含まれており、重要な客人が来たことを物語っていた。

「兄上?今日どなたかいらっしゃるんだっけ?」

確か今日は特に予定はなかったはず、とアドルは思いながら兄に問いただした。

「いや、私も聞いていない。何か緊急の用事だろうか」

ハイニは先ほどまでの砕けた感じとは変わり、王太子の顔になった。





「ハイニ!アドル王子も。こんな所にいたのか」

馬舎でそれぞれ馬を繋いでいるところに、ヒューバートがやって来た。かなり真剣な表情だ。

「ヒューバート。そんなに急いでどうした?」

「庭に止まっている馬車を見ただろう?緊急の客人だ。すぐに準備をした方がいい。アドル王子もだ」

「僕も?誰の客人?」

「まだわからない…ただ、総出でお出迎えした方が良さそうだ」

「一体誰なの?客人って」

アドルは怪訝そうな表情で尋ねた。



「お客人はエデティア国王、ヴィッテル様だ」



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