第10話  ギュンター祭 4


ハインリヒ国王を始め、王妃、王子、王女、カティーナ、そして側近達はテラスに進み出た。王宮の庭に集まっている国民の歓声がより一層大きくなる。
ハインリヒはしばらくその様子を眩しそうに眺めていた。やがてウォレン卿が一歩前に進み出ると、声を張り上げる。

「静かに!皆の者、静かに!!国王陛下よりお言葉がある。謹んで拝聴するように」


「今年もこのギュンター祭を盛大に開催することが出来て大変喜ばしく思う。これも国民の皆の働きがあってのことである。国王より、国民の皆に心から礼を言おう」

静まり返っていた庭が一転して、また大歓声の嵐に包まれる。ハインリヒは次の言葉を話す前に、両手を広げて皆を静めるような仕草をしなければならなかった。国民は次第に静かになる。


「そして、今日のこの良き日に、もう1つ喜ばしき事がある」

ハインリヒは後ろに控えているハイニとカティーナを振り返る。

「我が息子、王太子ハイニとグレイス公爵家のカティーナ姫。本日この2人は女神ベルンハルデの御前で婚約の儀を執り行い、誓いを交わした。正式に婚約が成立したのだ。皆もこの2人を祝福して欲しい」

王宮全体を揺るがすような、この日一番の大歓声が湧き上がった。おめでとうございます、の絶叫にも近い声があちらこちらから沸きあがる。




「王太子殿下も御立派になられましたね。昔はとんでもないやんちゃな王子でしたが」

リューディガーは昔を懐かしむように言った。

「リューディガーはお小さい頃の王太子様も知ってるんだよね」

ラシェルがそれを受けて答える。

「はい、まだご幼少のみぎりの殿下はそれはもう大変ないたずらっ子でございましたよ。先代マスターに魔術の講義で呼び出されるたびに様々ないたずらを仕掛けられたものです。そのたびに先代マスターからお叱りを受けていましたが、一向にやめる気配はありませんでしたね。そう、よくヒューバート様とつるんでおられました」

「えっ、アルタミア騎士団の、ヒューバート様?」

「マスター=ラシェルはご存知ありませんでしたか?先代マスターは王子、王女と共にヒューバート様にも御教授されておられました。このお2人のいたずらには本当に参りましたよ」

リューディガーは昔されたいたずらを思い出したのか、苦笑いを浮かべながら言った。

「…私、考えてみたらお父様にあまり王宮でのお話って聞いたことなかったわ。どうしてかしら?」

「なにしろ王宮内部のことですから、むやみに話すことではないとご判断されたのでしょう」


傍らに控えていた侍女は2人の会話など全く耳に入らないという面持ちで、テラスをうっとりと眺めていた。

「ああ、お2人とも本当に素晴らしいですわ。ハイニ様のあのご立派なこと!今からすでに国王としての気品と風格が溢れていらっしゃるようですわ。カティーナ様もお綺麗で、あの方をおいてハイニ様に相応しい姫君はいらっしゃいませんわね。カティーナ様はお美しいばかりでなく、とても聡明な方だと伺って…」

侍女の賞賛の言葉は尽きる気配がない。侍女にとっては自分が仕える王家の人間が絶対で、つい賞賛の言葉も大袈裟になってしまうのだろう。だが、この侍女が誇らしげに言うのも無理はない。

テラスではハイニとカティーナが国民に向かって手を振っている。この上なく幸せそうな笑顔だ。一歩後ろでは国王、王妃がそれを嬉しそうに眺めている。もちろん、他の王子、王女、それに側近達も。

ここにいる全ての人間が、2人の輝かしい未来を祝福した。この瞬間において、ハイニとカティーナは間違いなく至上の幸福を味わっていた。


ギュンター祭のメインイベントでもある国王挨拶が終わり、国王達がテラスから姿を消すと、用意していた料理が国民に振る舞われた。庭にいる人の数は一向に減ることがなく、皆楽しそうに談笑しながら料理を摘んでいる。大方話題はハイニとカティーナの婚約についてだろう。
空はすでに日が傾き始めていた。





馬車がウェークの村の族長宅に到着した時、すでに辺りはとっぷりと日が暮れていた。
ラシェルは今日一日の付き添いに礼を言うと、リューディガーはエルフ深界に帰っていった。


「只今戻りました、お爺様」

居間の立派なソファに腰掛けてくつろいでいる祖父を見つけると、真っ先に言った。

「ああ、お帰り、ラシェル」

ハウゼは無事に帰ってきてほっとしたというような笑顔で迎えた。

「うん?やけに可愛らしいドレスを着ているね?」

「はい、お爺様。エルゼ様に…エルゼ王女様に戴きました。正装じゃ動き辛いだろうから、って。」

「ほう、エルゼ様か。最近お目通りしていないが、お変わりないかのう。今度お礼を言わねばな。ところで、どうだったかな?ギュンター祭は」

「ええ、とっても楽しかったの!何もかもが初めて見るものばかりで」

「そうかそうか、楽しかったか。何よりじゃ」


「ラシェル嬢様、お帰りなさいませ。その…メイジーは心配で心配で。ラシェル嬢様が無事にお帰りでほっとしております」

ラシェルが帰って来た音を聞きつけてお茶の用意をしていたメイジーが、ポットやカップを手に居間に入ってきた。

「ただいま、メイジー。相変わらず心配性なのね。あ、私は…」

「はいはい、薔薇茶でございますね。ラシェル嬢様のお好みはよおく存じておりますよ」

ラシェルはメイジーから薔薇茶を受け取ると、ひと口飲んだ。疲れが急にどっと押し寄せた。今日1日中歩き回っていたのだから無理もない。

それにしても恐ろしいこと…ラシェル嬢様、無事で良かった…メイジーは小声でぶつぶつと呟いている。

「どうしたの、メイジー?」

「ああ、恐ろしいことでございます、恐ろしい…」

メイジーはとても言いたくないといった感じで部屋から出て行ってしまった。

「お爺様?何かありました?」

「ああ、ラシェル。お前はまだ知らなかったのだね。ギュンター祭は無事に終わったのじゃろう?ラシェルがアルタミアを発ってからか…そうか、ちょうど時間的に…」

ハウゼもラシェルの問いには答えず、ぶつぶつと呟いている。

「お爺様!」

「あっ?あ、ああ、ラシェル。そう、お前が知らなかったのも無理はない。きっとお前がアルタミアを発ってから各国に知らせがいったので、まだ知らないのだろう。先刻わしの所にも小精霊が来たのでな、それで知ったのじゃよ」

中々本題に入ろうとしないハウゼに多少の苛立ちを思えながらも先を促した。

「…『闇の者』が現れた。また、犠牲者が出たようじゃな」

薄々感じていた答えだった。この大陸で今一番恐ろしいものといったら『闇の者』関連だろう。

「お爺様、わざわざ知らせが来るとなると…王族か貴族が?」

「そうじゃ、その通りじゃ」

ハウゼはいったんここで紅茶を口に含むと、話を続けた。

「まず、カルス帝国のレアンダー公、ガドフリー子爵の子が1人、それにジェレマイア伯爵夫人。そしてラリューシカ竜国の王女。それから…」

「待って、お爺様!その、一度にそんなにたくさん?!」

ハウゼの口から次々と犠牲者の名が出るのに驚いて、ラシェルは思わず大声を上げてしまった。
ハウゼは深く頷いた。そして、大きく溜め息をつくと意を決したように口を開いた。


「そして……ラリューシカのスタニスラーフもだ」



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