第1話  聖女不在


聖女はこの大陸を護るために降臨した女神ベルンハルデの意志と力を受け継ぐ唯一の後継者とされている。代々の聖女に血縁的な繋がりはなく、聖女に選ばれる女性の種族、身分、境遇も様々である。先代の聖女メヒティルトは人間族で、下級貴族の出であった。

ベルンハルデ大陸はカルス、ラリューシカ、カタラム、ロイス、ファスティマ、エデティア、ヒエロニムスの7国からなる。
聖女は女神の意志と力を受け継ぎ大陸全体を護る役目を持っている。その最もたるものは『闇の者』に関する予知である。

このベルンハルデ大陸には太古の昔から『闇の者』と呼ばれる者達が現れてはこの大地を恐怖と混乱に陥れていた。
ある時は人々をさらい、ある時は大陸の者に化けて戦争が起こるようにけしかけてみたりする。
過去には一国の国王がさらわれ、大陸全土を巻き込んだ大戦争にまで発展したことすらある。

この大陸の侵略が目的なら聖女を捕らえればいいようなものを、何故か聖女に関しては全く関わろうとしないのだった。

『闇の者』がいったい何の為に存在し、どこに生息し、また何が目的なのかは謎である。そして、さらわれた人々が戻ってくることは決してなかった。それゆえに人々は『闇の者』の存在に怯えるのである。

聖女はこの『闇の者』の出現に関して唯一予知する力を持ち、聖女が大陸を治めている間は『闇の者』のもくろみを事前に察知し、それを防ぐことが出来るのである。


そして、この聖女を探し出す上で重要な存在が神人族と姫巫女である。

大陸の最北部に位置するヒエロニムス神国は女神ベルンハルデが降り立ったとされる聖地で、神人族はこの国を支配する種族である。神人族の長は神王と呼ばれ、この国の国王のような存在であった。

神人族は外見も寿命も人間族とほぼ同じだが、額に赤い印があるのが特徴で、彼ら神人族は女神ベルンハルデの血を受け継ぐ子孫と言われている。不思議なことに神人族の中から聖女が選ばれることはない。そのかわり代々神人族には聖女を探し出す力が備わっていた。

その神人族の中で最も高い能力を持つ者が姫巫女である。

聖女が亡くなると、その時点で最も能力の高い神人族の巫女が姫巫女の位を与えられる。そして姫巫女を筆頭に神人族総出で聖女を探し出すのだ。

無事に聖女を探し出した暁には、巫女王という巫女としては最高の称号を与えられ、聖女とは別の意味で大陸の人々から崇め奉られるのである。姫巫女以外の神人族が聖女を探し出した場合は、男性なら聖王、巫女以外の女性なら聖女王の称号が与えられた。



聖女メヒティルトの死はすぐに大陸全土に伝えられた。
人々の動揺は並大抵のものではなかった。聖女はこのベルンハルデ大陸の命綱のような存在である。その聖女が死んだとなれば、当然『闇の者』によって大陸が混乱に陥ることは目に見えていた。

聖女メヒティルトは高齢で在位も長く、長い間大きな騒乱もなく平和な時代が続いていたので、さらにその度合いが高まっていた。

時の神王イサアークはすぐさま姫巫女選出の儀を開き、神人族の巫女セラフィーナ=ルシンダを新たな姫巫女に選出した。それと同時に各国の神殿に神人族を派遣し、聖女の探索に力を注いだ。


ところが、いつまでたっても次代の聖女が見つからない。

神人族は躍起になった。各国に派遣する神人族の数を増やし、全力で聖女の探索に当たった。

次第に姫巫女セラフィーナの能力を疑問視する声が高まり、異例の姫巫女交代が行われた。それでも聖女を探し出すことができない。

終いには「聖女メヒティルトはまだ生きているかもしれない。墓を掘り起こして確かめるべきだ」などという意見まで飛び出したが、これには死を看取った女官達が猛反対した。
そして2度目の姫巫女交代が行われたが、効果はなかった。

その間に大きな騒乱こそ起きなかったものの、大勢の人々が『闇の者』にさらわれ、帰らぬ人となった。



聖女メヒティルトの死から10年後…未だに新たな聖女は現れない。



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