第2話  公都ラコルニー


ロイス公国。ロイス大公オーランドが治める大陸随一の貿易国である。
温暖な気候と、大陸の中でも比較的中心部に位置するという交通の便の良さ。 この条件のおかげで、古くから貿易の国として栄えてきた。 大陸中からありとあらゆるものが集まり、

『ラコルニーで見つからないものはない。あるとすれば、それは目に見えない ものくらいだ』

などという言葉まであるほどである。




あれから順調に船旅は進み、ラシェル達はその日の内にロイス公国の公都ラコルニーに 辿り着くことができた。

とは言っても、すでに日は傾き始めている。



「とりあえず今日の宿を確保しなければなりませんね。私が探して参りましょう」

「私も一緒に行くよ?」

「いえ、お疲れでしょうから、マスター=ラシェルはお休みになっていて下さい」

「はいはい、リューディガーは相変わらず過保護なのね」

「召喚精霊としての当然の務めです。…そうですね、あの店がよいでしょう。 あちらでしばらくお休みになっていて下さい。私のことは気にせず、先に食事を とっていらして下さい。アーリク様も、慣れない船旅でお疲れでしょう」

リューディガーは辺りを軽く見渡して手頃な店を見つけると、そこで休むように 促した。


「やれやれ、ご立派なことだねぇ。じゃあラシェル、僕達はお言葉に甘えてあの店で休んでいようか」

横で2人のやりとりを見ていたマチル=ソエハが口を挟む。

リューディガーは何か言いたげにマチル=ソエハをひと睨みしたが、今は宿を探す方 が先決だと判断したのだろう、港付近でごった返す人々の波をかき分けて行ってしまった。




ちょうど夕食時ということもあってか、店内は人であふれ返っていた。格好からして、客の 大半が旅人のようだった。


何とか空いたテーブルを1つ確保すると、ラシェル達はそこに座った。ラシェルは小さく 溜息をつく。

「マスター、さすがに疲れましたわね」

ラシェルの溜息を目ざとく見つけたツェツィーリエが声をかける。

「そりゃあ、ね…私、旅をするのも船に乗るのも初めてだったもの。やっと 地上に戻ったんだなぁ、って思って」

「そうじゃな、わしも久々にこんな長旅をしたよ。族長になってから、森から 離れたことはなかった」

(アーリク様…疲れてるご様子だけど、今のところ特にかわった傾向はないみたい… 無事にラリューシカまで辿り着けるといいのだけれど)

ラシェルはアーリクを見ながら、少しばかり安堵した。




「それにしても」

珍しく静かだったマチル=ソエハが唐突にしゃべりだした。

「この店は店員の教育が行き届いてないみたいだねぇ。誰も注文を取りに来ないなんて」

「…凄い混んでるもの、しかたないんじゃない?」

「いいや、ラシェル。そんな暢気なことを言ってたらいつまでたっても 注文を取りに来ないよ。…しかたない、僕がカウンターまで行ってくるよ。 適当に頼んでしまって構わないね〜?」

「それは、別に構わないけど…(目立つから、じっとしていて欲しいんだけど)」

ラシェルは本音を心の中で呟いた。



マチル=ソエハが装飾品の音をジャラジャラとたてながらカウンターに向かう。 案の定、他のテーブルの客数人がちらちらとマチル=ソエハを見ている。

(ああ、やっぱり目立ってる…)


マチル=ソエハはカウンターで忙しそうにしていた店員をつかまえると、何品か 注文をしているようだった。


そして、そのままこちらのテーブルに戻ってきた、のだが。



「よぉ、兄ちゃん。お前の目、珍しいな〜!」

隣のテーブルで酒を飲んでいるらしい、2人組の男の片方が声をかけてきた。

「俺、知ってるぜ。そういう目って、サジェヘッダって言うんだろ?」

もう片方の男が、いささか得意げに言った。

「そう、サジェヘッダ。珍しいでしょ」

マチル=ソエハは気軽に答える。

「まぁ、初めて見るけどな、サジェヘッダなんて」

得意げに言った男がニカッと笑いながら言う。


「しっかし、お前さんたち…こう言っちゃなんだが、よくわからん組み合わせだな。 目の色が違う珍しい兄ちゃんに、エルフの爺さんとねえちゃんに…小精霊族だろ?旅の途中か?」

最初に声をかけてきた男の方が不思議そうに問うた。

「だろうねぇ。僕もなかなかに不思議な組み合わせだとは思うけどねぇ。 僕達はファスティマから来たんだ。ラリューシカに向かう途中なんだけどね〜」

余計なことまでペラペラと喋るマチル=ソエハ。

「ラリューシカ?!お前さんたち、何も知らないのか?あそこは今ヤバイぜ?」

「ヤバイって、闇の者のこと?そんなの知ってるけどねぇ」

「おいおい、ほんとに知ってんのか?姫さんやら竜護官やらごっそりとさらわれたんだぜ? 今一番危ない国と言っても過言じゃねぇ」



「それでも、行かねばならんのじゃよ…」

竜護官、という言葉に反応したアーリクが静かに言った。

アーリクの言葉の響きに、何か只ならぬ事情を感じたのだろう。しばし 男たちは沈黙した。



「なんか、わけありみてぇだな。………お前さんたち、ラコルニーに来た ってことは、南のルートでラリューシカに行くつもりかい?」

「え、ええ。そのつもりですけど」

「おう、ねえちゃん。俺たちはな、宝石の仲買い商人なんだがよ、今回は カタラムのサザム島まで買い付けに行くんだ。あそこの鉱山はいい石が取れるからな。 よかったら、途中まで乗っけてやってってもいいぜ?」


サザム島は、カタラムの南に位置する島だ。
ラリューシカ寄りなので、この申し出は正直ありがたいところである。

「ああ、それはありがたいねぇ。ね?ラシェル?」

マチル=ソエハがにこにことしながら聞いてくる。

「うん…でも、リューディガーにも聞いてみないと…」

悪い人たちではなさそうだ。だが、信用しきってしまって良いものなのか、 判断に迷う。


「何だ?まだ連れがいるのか?」

「はい、今晩泊まるところを探しに行って貰っているんですけど…」

「おう、じゃあそいつと相談して決めればいい。俺たちはこの店の裏にある 宿屋に泊まってるんだ。明日の朝出発するから、一緒に来るんなら 宿屋の前まで来てくれりゃいいぜ。じゃ、俺たちは明日に備えてそろそろ 宿屋に戻るとするか」

寝坊すんなよ、と言い残して2人組の男は席を立って行ってしまった。





ほどなくして、料理が運ばれて来た。

「リューディガー遅いね。泊まるところ、見つからないのかな」

「そうですわねぇ…マスター、私がちょっと見てきましょうか?」

「うーん、でも行き違いになったら困るからもう少し待ってみましょ」


空腹ではあるが疲労感の方が大きいのだろう、皆あまり食事が進まない。

と、その時。店の扉が開いて、リューディガーが入って来た。リューディガーも マチル=ソエハとは違う意味で人目を引く容姿ではある。

「遅くなって申し訳ありません、マスター=ラシェル」

「ううん、お疲れさま。泊まるところは見つかったの?」

「ええ、宿は何とか確保できました。ですが…明日から少し難儀するかもしれません」

「どういうこと?」

「ラリューシカまでの足を確保しようとひととおり馬車の業者を当たってみた のですが…。今のこの状況で、誰も行きたがらないのです。とりあえずカタラムまで 行って、それからまた別の業者を探すしかなさそうですね」


「ああ、そのことなら心配ご無用、だね」

「どういうことだ?」

リューディガーが怪訝そうな表情で尋ねる。

「あのね、リューディガー…」


そこでラシェルは先程会った2人組の男のことをリューディガーに話して聞かせた。

普段なら『得体の知れない者など危険です』などと取り合わないだろう リューディガーも、さすがに今回は特に反対らしい反対もしなかった。


「じゃあ、寝坊しないように今日は早く休まなきゃね。リューディガー、宿まで 案内してくれる?」

「かしこまりました、マスター=ラシェル。では参りましょうか」



こうしてラシェル一行は店を後にすると、今晩泊まる宿へと向かって行った。



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