第3話  用心棒


翌朝。

ラシェルたちは2人組の男に言われたとおりに、店の裏側にある宿屋の前に来ていた。

宿の隣にある馬舎には数頭の馬が繋がれていた。宿屋の客たちの馬なのだろう。


あの2人組の男の姿はまだ見えない。



「少し早く来過ぎちゃったかな?」

「でも、置いていかれたら大変ですわ〜」



まだ早い時間だというのに、通りにはかなりの人通りがあった。さすが 大陸随一の港があるだけのことはある、商人らしき人物や彼らに従う用心棒らしき 人物も複数見受けられた。


「マスター、マスター、あの船ってエデティアの船じゃありません?エデティア王家の 紋章が描いてありますもの」

「そうだね、きっとカイセルリーアをたくさん積んでるんじゃない?」



「よう!早いな!」


後ろから声をかけられて振り向くと、宿屋の入り口に昨夜の2人組が立っていた。


「あっ、おはようございます」

ラシェルは小走りに駆け寄った。

「よう、やっぱり来たな。早速出発するが…っと、自己紹介がまだだったか?」

最初に話かけてきた男は自らをベルトラム、そしてもう一方の男はコリンズと名乗った。


2人は宝石の仲買人としてコンビを組んで早十数年、大陸のあちらこちらの鉱山を 行ったり来たりの生活を繰り返しているらしい。2人ともカルス帝国の出身である ということだった。


「で、お前さんたちの名前もまだ聞いてなかったな?」

ベルトラムが自己紹介を促がす。


「私はエルフ族のラシェルって言います。こっちは小精霊族のツェツィーリエ、 それから大精霊族のマチル=ソエハとリューディガー。それから、エルフ族… のアーリク様です」

ラシェルはエルフ族長の、と言いかけて慌てて言い直した。アーリクはもうエルフ 族長ではない。


「なんだ、舌噛みそうな名前が多いな、精霊族ってのは。アーリク様、ってことは そっちの爺さんが精霊使いだな?」

「いいや、この者たちは皆ラシェルの召喚精霊じゃよ」


「!ねえちゃん、まだ若そうなのに3人も精霊従えてんのか」

コリンズが心底驚いたといった風に目をまんまるに見開いた。

「これはこれは、優秀な精霊使い様らしいな。おい、コリンズ、正解だったな」

「ああ、そうだな」


2人の会話を怪訝に思ったのか、リューディガーが表情を険しくした。

「おっと、そう睨むなって」

リューディガーの表情に気付いたのか、ベルトラムが軽くいなす。

「今のは、どういう意味なのでしょう?お聞かせ願えますでしょうか」

リューディガーが強い口調で問う。


「やれやれ、そう睨むなって。…実はな、俺たち宝石の仲買人―商人全体に 言えることだが、旅するには常に危険が付きまとってんだ。だから いつもその場その場で用心棒を雇ってんだけどよ。そうしたらあの店で ちょうどお前さんたちが目に入ってな、精霊族従えてたもんだから こりゃ精霊使いに間違いねぇと思ってだな、話し掛けたわけだ」

「なるほどねぇ、それでご親切に誘ってくれた、ってわけだ」

マチル=ソエハが納得いったという感じで呟いた。


「そうそう上手い話は転がってない、ってな。で、どうだ?乗っけてく かわりに用心棒もどき、やってみないか?」

コリンズが聞いてくる。


「うーん、実は私、まだそんなに実戦経験はないんですが…」

ラシェルが遠慮がちに切り出す。

「そうなのか?3人も従えてんのに?ますますわかんないねえちゃんだな」

ベルトラムはいささか拍子抜けした感じだ。

「まぁ、2人も大精霊族がいるんだ、大丈夫だろ?俺たちも他に探してる 暇もないしな…精霊族が同じ馬車に乗ってるだけでも効果はあるだろ」

「まぁ、それもそうかもな。ってことで、決まりだな」


「………お前さんたちに、話しておかねばならんことがある」

今まで黙ってやりとりを聞いていたアーリクが口を開いた。

「なんだ?爺さん?」

「わしは、精霊使いだ。ただし、この旅を始める前に、召喚精霊との 契約を破棄した。……お前さんたちに、この意味がわかるかの?」



「それは……爺さん、長くない、ってこと、だな…?」

ベルトラムが一言一言確認するようにゆっくりと言った。

「そうじゃ。精霊使いは精霊と契約してからはその命を精霊と共有する。 自らの意志で契約を破棄した場合…精霊使いには死が訪れるのみ。 そんな厄介者の老いぼれが1人、ここにおる。それでも一緒に旅をして くれると?」


ベルトラムとコリンズは一瞬にして黙ってしまった。


「しかし、よ…そんな話聞いちまったら、な…」

ベルトラムがコリンズに同意を求める。

「ああ、そうだな。元々声をかけたのはこっちの方だし、乗りかかった船 ってやつか?」


どうやら2人の意見は一致したらしい。


「しょうがねぇ、よっぽどの事情があるみてぇだな、爺さん。ま、深くは 追求しねぇけどよ。じゃ、改めてよろしくな」


「やれやれ、どいつもこいつもお人好しじゃのう…」

そう言ったアーリクの顔にはうっすらと微笑が浮かんでいた。



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