第8話  アイオネ


翌日の朝から、ラリューシカに向かう一行がないか、手分けして探すことになった。
ただし、昨日の今日である。早々簡単に見つかるわけがない。

そもそも、人がほとんど見当たらないのだ。皆家々に閉じこもっているのだろう。
普段はカタラムやラリューシカに向かう旅人で賑わっている広場も、閑散としている。

駄目元で馬車の業者にも当たってみたが、ラコルニーの時と結果は同じだった。



「やっぱりそう簡単に見つかるわけねぇ、か…」

コリンズは忌々しげに呟いた。

相棒を失ったショックを引きずりつつも、わずかながらも共に旅をした少女と老人、その精霊達の 為に出来る限りのことはしてやろうと思っていた。


先刻から旅人らしき一行を見かけては、声をかけている。
しかし誰もがいったん引き返すか、しばらく様子見を決め込んでいるようである。
ラリューシカはおろか、カタラムに行こうとする者さえ見つからなかった。



時間は無常にも刻々と過ぎていく。

コリンズと別れて探しているラシェル達の状況も、同じようなものだった。

大都市でもない、フェニーの町である。陽が傾く頃には、町の大概の場所は 探しつくしてしまった。



コリンズは広場の一角に腰掛けて、途方に暮れていた。
なんとかなると言ってしまった手前、ラシェル達と顔を会わせにくい。

別にコリンズが責任を感じることは全くないのだ。
だが、このまま何もせずにカルスに帰るのは気が引けた。



コリンズはしばらくその場所で暮れゆく空を眺めていた。
普段なら帰途につく人々が行きかっている筈のこの場所も、静寂に包まれている。



その時、広場の向かい側に位置する宿屋の扉が開いた。
なんとなくそちらの方に目をやると、1人の男が出てきた。 遠目なので表情までは伺えないが、がっちりとした体つきの屈強な男だ。

しきりに辺りを伺っている。
昨日『闇の者』が現れたばかりだ、警戒しているのだろう。
一通り辺りを警戒し終わると、扉を開けて何事か話しているようだ。


ほどなくして男の連れらしき人物が2人出てきた。

今度の2人は女である。最後に出てきた年若い女を、もう1人の女と最初に出てきた 男が恭しく扱っている。
身分のある令嬢といったところだろうか。


と、その3人は宿屋の片隅に止めてあった馬車の方に向かっている。


コリンズは思わずその方向へ駆け出していた。




いきなり駆け寄ってくる者を視界の隅に映した瞬間、男はコリンズの方に向き直ると 腰にあるものに手をかけた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!いきなり駆け寄っておいて何だが怪しい者じゃない!」

いささか無理のある言い訳である。



「何用だ。まず名を名乗れ」

屈強な男は手を腰の剣から離さずに、コリンズをねめつけながら低くよく響く声で言った。


「俺の名はコリンズだ。カルス帝国出身で宝石の仲買い商人だ。カタラムのサザム島に 行く途中、ここに立ち寄った」

とりあえず嘘をついてもしかたがないので一気にまくしたてる。

「仲買い商人?1人でか?」

男はいかにも胡散臭い奴、といったふうに鼻を鳴らす。


「相棒はいたさ、昨日までな。…この町にいたんなら、この意味がわかるだろ?」

まだはっきりとは認めたくないながらも、苦々しげにそう言い放った。


男の後ろでこの状況を見守っていた2人の女、特に若い方があきらかにびくっと 反応した。


「……それは気の毒なことだ。だがそれと今の状況には何の関係もない。 おおかた宝石の押し売りか何かか?」

コリンズに一定の同情心を見せながらも、警戒は解いていない。



「違う、そうじゃない。あんた方、馬車の方に向かってたからさ。これからこの町を 出るのか?」

「見ず知らずの他人に話す義理はないと思うが?」

「そりゃそうだ。見ず知らずの他人の戯言だと思ってそのまま聞いて欲しいんだけどさ、 もしラリューシカ、いや、カタラムでもいいんだ。そっちの方面に行くなら 相乗りさせては貰えんだろうか?」


「何を言い出すかと思えば。だいたい宝石の仲買い商人なら自分の馬車くらい 持っているだろう。自分で行くことだ」

「あー、相乗りさせて欲しいのはさ、俺の連れっていうか…エルフの女の子とじいさんなんだけどさ。 ついでにおまけつきで」

「おまけ?」

もともと険しい男の顔がさらに険しくなる。

「おまけじゃねぇか、ええと、エルフの女の子が精霊使いでさ、その子の召喚精霊が2人…と1匹」

ツェツィーリエが聞いたら怒りそうな紹介の仕方だ。



「まだお若いのに優秀な精霊使いなんですね、その方は」


今まで沈黙を守っていた年若い女が初めて口を開いた。

間近で見ると、そうそうお目にかかれないような美しい女性だ。
まず目を惹くのは涼やかな深い瑠璃色の瞳。そして艶やかに輝く黒髪、透き通るような白い肌。
全身から高貴さが滲み出るだけでなく、神秘性さえ感じるほどだった。


「ア…アイオネ様!このような者の言うことなど…」

男は抗議しかけたが、アイオネと呼ばれた女性になだめられて口をつぐんだ。


「ダリウス、剣から手をお離しなさい」


さっきからコリンズのことを散々睨み付けているこの男はダリウスという名前らしい。
アイオネというこの女性には従順であるらしく、素直に剣から手を離した。


「確かにわたくし達はこれからラリューシカに向かうべくこの町を発とうとしております」


「実はさ、さっき説明した連れってのがラリューシカに行きたがってんだ。 本当は俺たち…がカタラムまで連れてく予定だったんだけどさ、昨日あんなことになっちまって。
でも昨日の今日でラリューシカに行こうなんて奴ら、今日1日探してもいなくてさ。 で、途方に暮れてぼーっとしてたところにあんた方が馬車に乗ろうとしてんの見て ついつい声かけちまった、ってわけだ」


「だいたいの事情はわかった。だが、その少女と老人というのは今すぐラリューシカに 行かなければならないのか?我々は…急ぎの用事故ラリューシカに向かうが、もう少し 様子を見てからでもいいのではないか?」

ダリウスが至極まっとうな意見を述べる。


「ああ、ちょっとわけありなんだ、あいつら。…俺が勝手にべらべらしゃべって いいもんなのかな。でも他に望みもないしな。よし、話しちまおう」


そう言ってコリンズがラシェル達の経緯を話し出す。


3人の、特にアイオネの表情が、話を聞くうちに明らかに暗く陰りのあるものに 変わっていくのに、夢中で説明しているコリンズが気付くことはなかった。





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